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戦う俺の女神は誰?

あらすじ
亜吐あどすタツキは格闘家。
そんな彼は別興業で心理戦に嵌められてから人間を信じることが出来なくなった。
そこで友人からある名所に行けば、赤い服の地縛霊がデートをしてくれると聞き単身その場へ向かう。
タツキが何故霊を求めるのか?
それはホラーやオカルトが好きというミーハーじみた気持ちではないようだ。
あの世とこの世を結ぶ禁断の愛が始まる。

ーはじまり

チケットを売る時に俺はいつもどうしているのだろうか?
大切なファンから「あの人対応が酷い!」と言われないようにお客さんは丁重に扱うよう心掛けている。
そりゃあ専用席で応援してくれるファンなら嬉しいさ。
けどキャンセルが怖いんだよなあ。
この稼ぎではジムや家賃の支払いばっかで自分の趣味にかけられる時間は少ない。
さらに言えば格闘家としての活動だって長くやるものじゃない。
そういえば昔好きだった社長がいたな。
動画やブログでの苛烈なあの文章や話し方が好きだった。
実際にあったら酷い罵声を浴びせられた。
俺も昔はそれで評価を落とした。
一緒じゃないか。

しかし人間関係というのは創り事の幸せを守る為に役割を演じるという枷がある。
これじゃあ格闘家もアイドル、そしてあの社長と一緒の売り方じゃないか!
しかしこれも仕事だ。
俺は特に華があるわけでもないし、会見で面白いことを言えるわけじゃないからな。
こんな思いを胸に秘めながらサンドバッグを殴ってスパーなんかしたって一時しかストレスなんざ発散できねえよ!
本当に生き辛い!
俺はチケットを買ってくれたお客が今後も応援してくれることを祈りながらムエタイファイターとして今後も戦う。

数時間経過してから一風呂浴びた。
サウナは同業者と会うのを避けたくて今日はやめた。
俺はこの業界へ幼い頃から身を投じてあまりにも世界が違いすぎる人達と過ごしすぎた。
昔はオタクではないが友人と一緒に握手券を手に入れて綺麗なアイドルと写真も撮ったりした。
あの時は他人事だったが、まさか俺も同じことをする立場になるとは。
女性のファンもムエタイの地位向上で増えて嬉しいのだが…

「はぁ…」

風呂場で読書をしながら今後の晴れぬ悩みを考えている。
総合格闘技や柔道、レスリング、ボクシングとは違ってリーチを活かして技術をごり押すのが立ち技で俺の出来るまあまあ課題が残る戦い方だがルールによって接触の多いキックルールにたまに出場しなければいけないのは辛い。
知り合いの教師が行きたくもないクラスで授業をしなければならない愚痴を吐きたくなる気持ちと一緒だ。
俺の愛読するこの本の作者も、人間関係とは無縁に見えた環境を手にしたのに自決してしまった。
俺は本を置いて風呂場を飛び出し夜というのを忘れ叫んだ。

「人間なんか嫌いだーーーー!」

すると目の前で妙齢の女性が固まっている。
夜景を窓から眺め、髪を整えているようだが俺はこの瞬間に後悔した。
叫んだこともそうだがほぼ裸だった。
やばい!この場合って露出狂になる?
ここは俺の家なんですけど?
外の人達見なかったフリしてるんですけど!?

「そ、その…身体…引き締まってます…ね。」

女性は赤い顔をしながら窓を静かに閉めた。
あれ?これはこれでトラブルが起きるのではないかと俺は思った。
そこまで知名度が自分にあるとは思えないがこれは拡散されてしまうのか?
しまった。
二十代半ばとはいえ許される歳ではないということか。
やはり人間関係なんて消えてしまえばいい!
が、これは俺の責任だ。
明日から何事も無かったかのようにランニングすればいい。
堂々とすること以外に方法はない!
これはこれで付加価値になるさ。
人間嫌いの格闘家など沢山いる…かもしれない。

ー翌日

俺は友人と牛丼屋で駄弁る。
今日がオフで助かった。
あのことは噂になったが法には触れてない上に俺の裸を見た妙齢の女性が

「若いから悩みが多いと思うのです。
私達大人が事を荒立てる必要は無いのですよ。
稀に見る肉体美でしたし…いえ、なんでも。」

と穏便に済ましてくれた。
少し気になる言動もあったが別にいい。

「はっはっはっ。人間嫌いを公言するなんてよっぽどストレス溜まってるなタツキ。」

「当たり前だろ?別にジョナサン・スウィフトみたいにガリヴァー旅行記で童話で風刺にしたいけど今、規制厳しいしさ。」

「人間嫌いどころか人間大嫌いじゃないか。
本興味ない俺でもその人物は知ってる。」

「俺だって人間との共存を目指してこの格闘技キャリアを活かしてみたいさ。
けどな!俺はインフルエンサーみたいに都合のいい綺麗事なんて言わないぞ。
対戦相手に恨みはないが人間には恨みがあるからな。」

「結局恨むんじゃねえか。」

こうして俺のような存在と友でいてくれるタケシとの関係は大切にしていきたい。
するとタケシがある画像をスマートフォンから見せてきた。

「なんだ?この赤い模様は。」

「気にならないか?」

「ん?新しい心霊スポット?AIよりもミステリアスな一時を過ごしてくれるゴスカノ?」

意味不明な情報の羅列を掻い摘んで説明すると
『ゴースト彼女』というのが流行ってるらしい。
ゲームか?新しいマッチングアプリ?
その割には指定された場所は曰く付きでお世辞にも楽しめるとは思えないが。

「人間嫌いなら行ってみたら?俺も付き合う。」

「付き合うってなんだよ。まだ行くとは言ってないし、それに人間は嫌いだが幽霊だってほぼ人間ばっかだろ?動物の霊なんて俺の借りたDVDじゃほぼでないからヤラセだし…」

「詳しいし興味あるのな。」

タケシのことだ。
何か考えがあるのだろう。
人間相手じゃなければ素手や素足での対処も可能だ。
ってそういうルールは聞いたことはないが。
ゴースト彼女…可愛い女の子のイメージは湧かないがあの夜叫んだ事件にゴースト彼女との経験もあれば煽りVに使われるかもしれない。
それに文明の利器なら俺もある。
どうやらタケシも似た目的があるようだ。
なら行かねば!
そういって牛丼をかっくらったあと準備をしてから目的地へ向かった。
こういうのは速いに越したことはない!

ー曰く付きのあの場所へ

ここがゴースト彼女のスポットか。
思っていたより人が多いな。
あまり話を聞かない方がいいタイプだとムエタイで培った感でタケシを引っ張り奥へ向かう。

「うわあ…アイドルファンと違って生気がねえな。破滅を望んでいるのか…」

「あの手のタイプに余計な呟きすんなよ?
生きてる人間の方が怖いんだ。」

何となく気持ちは理解できるから尚更怖い。
もうゴースト彼女に会えればそれだけでいい。
勿論、ソース元がただの合成というオチも有り得た。
俺達が機材を片手にゴースト彼女が嘘ではないと確信しているのは、明らかに映像業界が手を尽くした幽霊の虚像とはかけ離れていたからだ。

タケシも俺も霊感はない。
だが何故かあの映像は本物にしか思えないのだ。
流石に奥の方へ進めば人気はなくなっていった。
ヘタレめ。
こんな所へ来る元気があれば嵐が明けるまで生きて自分の生活を充実させればいいじゃないか。
俺なんて格闘家なのに人間嫌いと裸で叫んで奥さんに見られたんだぞ!
そんな俺でもここへ別の目的でこれたんだ。
運営が配信している俺の試合動画で色々と楽しめばいい。
それなら俺の勝ちを喜ぶもよし。
負け様を見て笑って次へ繋げても…いやそれはムカつくけどまあいいか。
俺も順調な人生を送ってきたわけじゃないし意識高い系なだけで減量も守れない何の努力もしないやつはリングで葬って来たからな!

だからここにきたお前らは死ぬんじゃねえぞ!

と、これから幽霊とデートする人間が考えることではない想いをここに来ている人へ口にしなかったが唱えた。

ー死してなお逢いたいものなり

ここか?
タケシとチェックしながら赤い模様の幽霊を探す。
機材はバッチリだ。
上手くいけば俺達も広告収入を得られる。
別に俺は必要ないけどタケシはまるで密林で毒蛇を見つける博士のように目を輝かせている。
ツチノコだっけ?あれを探していた人間達も同じ気持ちだろう。
銭ゲバとは言わせねえ!
そんな邪な俺達の傍で足音が聞こえた。
明らかに人間や動物のものでは無い。
まさか?

「ふふふ。ここまで来た人はあなた達で三人目ね。」

映像では露骨に赤い模様だった幽霊。
俺達の前に現れた姿は白い素肌に黒と紅のドレスのような蒸気で身を包んだ女性…なのかは分からないがそんな存在だった。
これだって仮の姿だ。
俺はすぐに悟った。

「前に来た人は、この世へ絶望していて私と会っても嬉しくなさそうにチェキしてたけど…あなた達は結構やんちゃそうね。」

「やんちゃも何も格闘家ですからね俺の連れは!」
タケシが怖がりながら叫んだ。

「そう。珍しい縁もあるものね。」

幽霊は独特のステップで俺達の側を彷徨いていた。
時に猫のように顎を摩り、肩を触り、まるでデートというよりそっち系の店だ。

「あなた達も私を無料で撮って売るつもりなの?」

察しがいい幽霊だ。
今までは警戒を解いていた俺達も幽霊の殺気を感じて臨戦態勢に入る。

「そう身構えないでいいわ。」

「簡単に帰してくれなさそうとは思っていたが料金は何で支払えばいい?」

「そうねえ。あなた達の魂ってのは?」

あの映像の不審な点。
下手な赤い模様でのカモフラージュだけではない!
情報提供者のぼかし方だ。
ガセネタではないのにインターネットへ流すメリットがない。
幽霊は俺達がフィクションでみたような存在じゃない。
時代に適応しすぎている。
だから俺達ならこの幽霊を映像化して生きて帰れると踏んだのだ!

「いい動きするじゃない。」

「人間相手で見慣れているからな。」

「あなたからは人間に対する憎悪が感じられる。
だから私に癒しを求めに来たのでしょう?」

タケシを避難させて俺が陽動する。
なぜだか幽霊の動きが感知できる。
変な宗教とか情報は避けているのだが。

「まさか対幽霊の処世術を得ているとは。」

「人間の方が幽霊よりも怖いから、かな。」

「カッコつけて面白い人。」

「だから人間よりマシだ!」

アドレナリンというのはこういう非日常で吹き出すようだ。
人間やクマのような動物相手ではないからか、制御できる物質だが。
それにしてもこんなアグレッシブな幽霊がいるとは。

「映像をばら蒔いた後…一緒にいた人間はどうした?」

幽霊は攻撃の手をやめて疲れたとばかりに樹木へ座る。

「元々生きる意味を感じなかったらしいから、私の腕の中で息絶えたわ。」

本当なのだろうか?
これだけ攻撃されると疑問点は多いが。

「あんたが手を下したわけじゃないのか?」

幽霊は映像の経緯を説明した。

ある一人の男性がいました。
職を失い、恋人も失い、家族からはそんな男性を負け犬と罵り彼は死のうとしていた。
しかしどれだけ自殺を試しても恐怖が襲い失敗した。
そしてインターネットでは救いよりも富裕層を装う人間の欲望が蔓延していて逃げ場がない。
幽霊は誰も来ることが出来ないこの地へ足を踏み入れた男性がもうこの世に未練がないことを察した。

「いい事を求めなくても、あなたが生きていれば喜ぶ人もいるわ。」

幽霊は言葉に詰まった。
生温いことしか言えない自分が。
人智を超えた存在というのはいつだって誇張されて伝わる。
だが男性はもう人生が終わりと思っていて弱っていた。

「チェキ…っていうのかしら?こんな私でよければ一緒にどう?」

そうして拡散された映像が俺達の目に止まったということだ。
勿論あとは幽霊が死んだその人の端末を使って誤魔化していたらしいが。

「だからね、私も人間を許していないの。
あの人に何か感情があるわけではないのにどこか許せない。
それは…」

「うまく言葉に出来なかった…そうだろ?」

俺も覚えがある。
ゲームセンターで女の子が虐められているのを助けられなかったあの日を。
ライセンスの問題ばかり気にして頭を使わなかった自分を責めた。
大人である俺が守らなきゃいけなかったのに。

「あなたとは必然的な縁で結ばれたようね。けど!」

一瞬で姿を消した幽霊はタケシへ爪を向けている。

「私を売ろうなんて若輩者め!この行動力があるならなんか創りなさいよ!だから攻撃したの。
あなたなら魂を削って生きてきた臭いがする。
駄目よ?こんなせこい方法で現実を生きようなんて。」

そうか。
人間同士の憎しみよりも幽霊の方が生きる者の憎悪を強く実感しているのだ。
それでも!

「タケシをはなせ!俺を攻撃しろ!」

「命令なんて余裕があるわね。あなたは只者ではなさそうだからこの子とデートするわ。命の保証はできないけどねえ!」

俺はタケシに声をかける。

「タケシ!機材を捨てろ!もう撮らなくていい。」

タケシは命を優先して機材を投げた。
木の葉の布団があったからか壊れずに済んだが。

「そう…命の執着は及第点なのね。」

幽霊は突如気が抜けたのか霧を残して消えていった。

「どう?フィクションや噂とは違った本物の幽霊の姿は?今までで一番の経験をしたからお礼をさせてもらうわね。」

幽霊の笑い声が木霊する。
俺はあれだけ攻撃されたのにそれよりも痛い気持ちになった。

ーその後

タケシや俺のサブ端末には何も写っていなかった。
痕跡が消せるだけあの幽霊は本物だということか。
ただタケシからは驚かれている。
それもそうだ。
あれだけ幽霊に攻撃されたのに無傷だもんな。
人間嫌いの俺に心があるのなら、幽霊の話に何処か納得出来る余裕がある事だ。
けれど人生に詰むなんてことはない。
小さなことだが俺は全裸を淑女に見せ、噂になったあと友と牛丼屋へいって心霊スポットで修羅場を経験して生きている。
結局リスクしか負ってなくてリターンは無かったけど、逆にもう色々と割り切れそうだ。
試合も迫り、減量が苦しくなる日が迫る。
人間、幽霊の次に体重オーバーが怖い。
案外俺は臆病なのかもな。

減量の為にランニングをしていると、俺の裸をみた女性が声をかけてきた。

「まあ。やっぱり格闘家だったのね。」

「うーわ。情報社会怖すぎ。」

「そんなんじゃないわ。」

「え?どういうことですか?」

女性の後ろにはあの時の幽霊がいた。
嘘だろ?地縛霊だろ?

「ふっふっふ。まさかムエタイ選手だったのね?あそこまで私の攻撃を交わせたのはそのスキルかしら?」

いやあ格闘家を過大評価しすぎでしょ。
単調な攻撃だったというだけだ。
あんな露骨な殺気を出されれば尚更。
ってそれは置いといてなぜこの人に取り憑いてんだ?

「あなた知り合いだったのね?ちょうど良かった。」

どうやら幽霊は特定も可能なのだろうか?
きっと俺達の端末に居たな。
どうりで画像が保存されなかったわけだ。

「あなたの試合を応援しに行きますからね。」

女性と幽霊は手を振り去っていった。

こんなことなら猫カフェか犬カフェでもいけばよかった。
こうなりゃ地道に試合して人間と幽霊から遠ざかってやる。
そして少し家から遠いボクシングジムで稽古をするか。
なんと世知辛い。


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