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避けられぬ懐疑〈傀儡〉

※お祓い済みです。

我々は心霊確認班。
この世には様々な事情が交錯し、パラレルワールドのような事象が巻き起こる。
ただ一つ言えるのは、我々の世界はたった一つだけということ。
今回は留守番を任されている研究生、艶衰阿良又えんすいあらまたの元にある人物が訪ねてきたのだが。

◎みている

艶衰阿良又。
廃墟でトレーニングをしていたプロ格闘家で男子高校生という以外情報は無い。
インターネットで探せばある程度はあるかもしれないが、彼はSNS発信も含め徹底した情報管理の元で現代社会を生きている。

演出補小口から履歴書を提出せずに採用するという条件で心霊確認班「避けられぬ懐疑」のスタッフとしてバイトをしている。
何故履歴書がないのかを訪ねたら面倒だからと言われた後に耳打ちされた。

「裏稼業じゃないけれど、自分達の仕事はいつの時代も理解が少ない。
足が付くと君の将来が困るかもしれないから。
浦泉菜君は受け入れていたけれど君ならブラック企業なのではないかと疑われそうだったから。」

ブラックだろ。
昼も夜も廃墟に行かないといけなくて、霊と人間と獣の相手をしないといけない。
しかもリモートワークをさせてもらえない。
態々事務所で門番を任されるというのもどうかしていると艶衰は感じていた。
この仕事を任されて以来、暇な時間が多い。
報酬があるとはいえ練習をしたい。
高校もバイトも変わっているなんて周囲にはあまり知らせたくないから。

それに俺がやってきてから不審な投稿や悪戯は減ったという。
人間の恐怖はよく知っている。
インターネット社会ではすぐにオタクなのかマニアについてまわられる。
この前は艶衰の目の前でカメラと捏造DVDやSDカードをポストに投函していた奴がいた。
刃物等の武器を持っていたら困ると考えた艶衰はポスト付近の隣人に許可を取って居座らせてもらい、

「み て い る」

と呟いて見せた。

おかしい相手にはより強さを見せつけよ。
そう教わったからか積極的に心霊現象を利用させてもらう。

しかしおかしなタイプは怪現象じゃびくともしない。
艶衰は隣人のドアで前転し、受け身をとって奴の裏へ回る。
流石に人間だと気付いたのか奴は後ろを振り返る。
そこで隣人に峰打ちをさせてもらった。

「艶衰・・・君だっけ?あの探偵事務所の。
こんな危ない人から狙われているなんて。
何か弱みを握られているのかい?」

隣人にとってもこの手の出来事は珍しくない為か交渉しやすかった。
それにバイト先はブラックとはいえ仕方がない部分もある上に艶衰にとっては難しい仕事では無かった。

「いえいえ。警察だけじゃどうにも出来ない事件を解決する為には市民の強化も必要。
まさか俺の教えを短期間で習得するとは。」

隣人は照れていた。
主婦なのだが習い事で武道でも嗜んでいるのだろうか?
その飲み込みの速さを利用させてもらった。
それに、今後作戦を組めばある程度の事件に巻き込まれる恐怖に怯えなくていい。
なるべくなら暴力に頼らない方がいいが、現実問題として自己防衛は難しい。
これくらいは守らせて欲しい。
艶衰はそう願った。

「あっ。いてぇ。」

艶衰は奴の手と足をガムテープで縛り、捏造された者を回収していた。

「これじゃ脅しになるからな。
だが先にお隣さんへ危害を加えたのはあんただ。
態々俺が見ている前であんな事をするなんて、本来なら警察に通報するレベルだ。
だが、自白してくれるのならこの捏造作品を採用してもいい。
ただしこの付近に現れたらあんたの罪は公になる。
俺達はあんたに危害は加えていない。
ここの建物を利用してあんたを炙り出しただけだ。
行き過ぎた承認欲求ということで不問にされたかったら、条件を飲みな。」

男子高校生に啖呵切られれば惨めな思いを与えられる。
それに武器も回収した。
まるまるこの話を一本、ストーリーとして売る為に「自分が手を出していない証拠」として事務所用カメラで撮影もしていた。

「き、華奢な高校生だと思って入ったのに。お、お前は何者だ!
身体能力も筋力も、け、桁違いだ。」

「そういう質問に答える時間は無い!
仕事なんだ。
危害を加えるのなら、俺はあんたを許さない。」

暴力だけならここまで怯えられない。
確かな強さを明確にしないとこういうタイプは執着する。
今時、恐怖映像だけじゃ収益なんて出来ないから一線を踏み外す奴らがいると聞いていたので念には念を入れておく。
更にクレーム対処法も学ばないといけないのが対価に見合ってないが艶衰の場合は試合も公にされず、ファンも少ないのでこの経験はいずれ何処かで活きてくると信じている。

「金を選ぶなら金。命を選ぶなら命。
どうする?時間のありがたみから知りたいか?」

そういうと奴は戦意喪失した。
これだけやって効き目ありか。
なおのこと廃墟でトレーニングしていた方が良かった。
手間のかかるご時世だ。
奴を逃がし、物は回収した。
それから少し休憩していた。

◎させている

悪戯は一週間に2回あるかどうか。
コンプラを守りながら暴力を控え、苦手な人間関係も形成しながら仕事場を守るのは骨が折れる。
ほぼ疲れがなく、暇な時間が多いのもストレスが溜まる。

「俺はリモートワークをしたかったが。こうなりゃ意地でも演出補になってガンガン霊達を殴り倒して・・・」

インターホンが鳴った。

もしかしてお客か?
それとも別のスタッフか?
いや、スタッフならすぐに入れる。
艶衰はドアを開けると黒い服の女性に驚く。
生気はあるから人間だ。

「ここがサケカイ事務所ですか?」

「え、ええ。依頼の方ですか?どなたにご用が?」

すると女性は艶衰に指をさす。

「あなたですよ。」

✳︎

な、なんだこの人形は!

髪のない赤子のような人形。
てっきり髪の毛のある日本人形かと思ったが。

「こちら、心霊映像研究所でしょう?
この子、どこで払っても全然大人しくしてくれなくてね。
もしかしたら、私が持っているこの子のムービーとあなたがたが調査してくれたのなら報われるかなと思って、事前に依頼をしましたの。」

小口さんや野谷さん、浦泉菜からの連絡はない。
基本現地組はリモート組の連絡は取らない。
もしかして悪戯?
そう思ったが突然の来訪にしては丁寧だった。

「野谷さんという方とアポはとりましたよ。」

ま、まさか読まれている?
色んな意味でプロ失格だ。
上には上がいるものだ。
しかも艶衰を高校生と見ながらもスタッフとして接している。
大人な方だ。

「映像チェックはあなたの担当ではないのですね。
実は、つい最近撮影したこの子の映像が御座います。
ちゃんとデータは移動しておりますよ。」

そうして映像をチェックする。

映像には不可解な点が多かった。
椅子にこの人形が縛り付けられ、周りは赤いカーテンにカーペット。
タイムラプスで撮られていた。
段々と真後ろにある鏡に人形の顔が映る。
不可解なのは人形は正面をカメラに向いたままだった事だ。
そして人形が笑った瞬間止められた。

「嘘偽りの無い、誠の現象。
あなたなら分かるはずです。」

艶衰はこの方に会うのは今回が初めてだ。
しかし独特の匂い。
なんの香りだ?

「多分、この子はお友達が欲しいのですよ。」

「ま、まさか人間の・・・!」

女性は手を止めた。

「お気持ちは分かるけれど、発想が極端ですよ。
あなたは見た目通りサブカル趣味は無さそうね。」

女性はフィギュア、ドールについて教えてくれた。
表面的な知識だけだが。

つまりこの人形にぴったりなパートナーを探せば良い、という事か。

女性は「野谷さんに連絡しますのでパートナーを探していただければ。
パートナーの額は大体三万円の範囲で。
お釣りは取りに伺います。」

そう言い残し、女性は去っていった。

◎みつけている

「なんだ?今のフィギュアってこんなに数が有るのか。」

MAD動画やオタク文化が流行って以来、美少女フィギュアは増えていく一方。
モナリザや牛乳を注ぐ人のフィギュアぐらい出して欲しかった。
それくらいの硬派な奴でないとあの人形は赤い部屋で笑うだけだろう。

留守番をしないといけないのでバイト中はインターネットでフィギュア情報を集めるしかない。
しかしそれだけでは探せないので、プライベートでフィギュアを探すようになった。

「あれ?お兄さん随分と他のお客と雰囲気違うね?あれ?もしかしてフィギュア趣味を隠しているのかい?」

陽気なコスプレ男性店員に深層心理を探られている。
ああ、自分にサブカル趣味は向いていないと思うと実感する艶衰。

「そ、その・・・母性が溢れているフィギュアはありませんか?」

自分の語彙力の無さとフィギュア趣味の無さを恥じる。
周囲の人は無視していたが隠れオタクだと思われたらどうしようと新たな悩みが増えた。

「こちら。
あるどロイドの『店屋物を頼んだら看護師だったのだが?』の『厚紙吟あつがみぎん』さんなんて如何でしょう?
今はVtuberのロイド化が盛んで、硬派っぽい君としてはこういうあるどロイドの初熟女フィギュア化!は革命的だと思うんだけど?けどこの時代じゃ尖っていて、四千円に値下げしているんだよね。
世知辛いよねえ。世知辛いよねえ?」

店員の早口の紹介と買って欲しいという悲痛が喧しい。
だが萌え絵に寄せないように原作再現されているらしく、かつデフォルメで事務所にあるあの人形と比べれば比較的手に取りやすい。
あの人形の年齢性別は不明だが見た目歳上のキャラクターがいるに越した事はない。
いや、どうせならスタッフの特権でマニアックな選出にしてやろう。
ただし手は抜かない。
マニアックなフィギュアなら安いし。
こうして『厚紙吟』を購入した。

「君はこの店の救世主だよ!それにサブカル趣味は恥ずかしい事じゃない。
言わなくてもいいけどね。
硬派でセンスのいい、細身の君はきっといい彼女がいるんだろうなあ!
世の中顔じゃないよねえ。
またきておくれ!」

陽気なのか陰気なのか分からない人だった。
プライベートで来る時は気を付けよう。
それに他の店をチェックしたかったし。

こうして一体フィギュアを購入した。
厚紙吟。
一体どんな作品でどの話で出るのだろう?
作家気取りの無名野郎がアニメ化の為に書かれた原作なのではとバイアスがあったがそいつらによって艶衰は助けられているので文句が言えなくなってしまった。
何とも変わった時代だ。

✳︎

「おいおい。
極真超ちょうしっきょくの新作ペース速すぎだろ。」

厚紙吟と依頼主の人形にポーズを取らせて飾っている。
サブカメラはちゃんと回している。

「今は多人数ヒーローなんて当たり前だしなあ。
このフィギュア見つけるまで興味を持てなかったが・・・あっ、狙ってたフィギュア買われたよ。」

作品を確認しながら依頼主に失礼のないパートナーを探す。
それも仕事だ。
それに趣味が増えた事の恩恵もある。
フィギュア選びの為にサブスクで娯楽を漁るのも悪くない。
そこは自己負担で済んでいる。
物欲は無い方だがプロ格闘家で良かったメリットを知れた。

今まで興味のなかったヒーロー物も探った。

自分が産まれた歳とは明らかにテーマが違う。
しかし歳上というのはいつも批判ばかりだ。
思い入れのあった作品を上から目線でつまらないと言われるのは辛い。
しかも昔はいい歳した連中だったのがおそらく影響を受けた同い年と思われる奴も批判している。

「これは腕がなる。
マニアックな英雄を見つけてあの人形と吟さんとタッグを組ませてやる!」

プロモデルも視野に入れていた。
いくら強く描かれた女性キャラクターでも限度はあるだろう。
まあ自分が教えた格闘技術を主婦が覚える現実に生きているからこれは艶衰の趣味だ。
そう自覚しながら探す。

キャーーーーッ!

事務所付近で何か事件が起きた。
ひったくりだった。
艶衰は原付に乗ってひったくり犯を追う。

『信じるヤツがジャスティス 真実の王者 夢を見続ける事が 俺のファンタジー』

浦泉菜とカラオケトレーニングとうわけのわからない内容に艶衰は誘われた事があり、それでこの作品を知った。
シンプルに悪役を倒す時代ではもう無いがひったくり犯に狙いを定める今はモチベーションを上げるのに役立っている。
勿論脳内で。

「かはっ!お、お前!若いのに、強い!」

「当たり前だ。法によってお前達は俺達の拳から難を逃れている。
だがここでは発揮させてもらうぞ。」

アドレナリンが噴き出してきた。
油断しないようにしていると

「警察だ!」

ちっ。
やっと来たか。
美味しいところを引き渡す代わりに平穏に戻らせてもらう。
艶衰は後は警察に任せることにした。
あれこれ聞かれないうちに。

✳︎

やっと買えた。
『ブラック・デイズ 錯乱の梅』の主人公、『黒鬼灯 羚くろほおずき かもしか』。
見た目はスレンダーな女性だが戦闘力が高く、虐待された中学生を助け良き姉になるヒロイン。
主人公も主人公で独特な家庭に生まれたから人間離れしているが自分に厳しく他者には老若男女優しいという近年では珍しいキャラだ。

マニアックな作品だがコアなファンがいる為に六千円もした。
これでも安い方だ。

カメラを回すと依頼主の人形は映像内で笑っている。
厚紙吟と親しくなったのか?
映像でコミュニケーションできるのなら自分だって写真だけでやり取りしたい。
心霊やオカルトの嫌いな所はこういう不器用さだ。
艶衰は誰も居ないのを見計らって事務所の人形に言い放つ。

「この資金はあんたの為に払ってるんじゃ無い!
俺の趣味とあんたの持ち主が心配してパートナーを探しているんだ。
超常現象が起こせるからって何せせこましいことしている!
堂々としろ!
ちゃんとパートナーを探したから!」

そういって自分が欲しかった『黒鬼灯 羚』を手渡した。

するとまたインターホンが鳴った。
このタイミングで?
そしてドアを開けるとあの黒い服の女性が立っていた。

「なんだか声が聞こえたものですから。
楽しそうですね?」

真面目に仕事をしていた筈だったが。
艶衰は気を取り直して案内した。

「あまり使わなかったんですね。それに見た事のないキャラクターがあの子の周りに。
いつの間にこんなサブカル趣味を楽しめるようになりましたの?」

艶衰は女性のペースにハマりつつも気持ちを伝えた。

「これは健全な趣味ですから。
依頼主である貴女もこのような気持ちであの人形に接していたんですね。
俺よりも優しくて、勉強していて、理解している。」

女性は大笑いしながら人形を手に取った。

「お釣りは依頼報酬として差し上げます。
あなたのようなタイプがここにいるのなら、また依頼させていただきます。」

いつの間にか女性は消えていた。

するとドアが開き、野谷演出補が入ってきた。

「最近県外の依頼が多くて、留守任せっきりでごめんなさい。
お隣の方と仲良くなった話を聞きました。
浦泉菜研究生の方が社交的だと思ったのだけれど。
秘密が多いのは私達の職業病が感染った?」

艶衰は驚いた。

「の、野谷さんに依頼があったって人形を渡した女性に挨拶しましたか?」

今度は野谷演出補が驚く。

「艶衰研究生、貢献してフィギュア趣味にハマるのはいいけど疲れてるのならちゃんと言ってください。
プロ格闘家で高校生という事情は配慮しますから。」

いや、そこじゃない。

「あれ?依頼はなかったんですか?」

野谷は連絡先を確認して欲しいと言った。

暫くあの人形の為に置いたサブカメラが連絡用だということを忘れていた。
そこには野谷さんから一件だけ。

『その依頼は無い。』

しまった。
確認してなかったのか。
でもここには証拠がある。
留守中に回していたサブカメラをすぐに野谷演出補と確認した。

そこにはひったくり犯の被害者の悲鳴で飛び出した艶衰と厚紙吟さんと手を繋ぐ依頼主の人形が確かに映されていた。
しかし、サブカメラは突如転倒して別のアングルを映す。
そしてドアの音を聞いた後にサブカメラが動き元に戻った。

そこには依頼主の人形がないのに一人で人形の事を呟く艶衰が居た。

野谷演出補は事情を理解した。

「嘘ではないのか。艶衰さん、見事です!」

とんでもない事務所だ。
そしてあの依頼主はなんだったのだろう。
艶衰は怖いというよりもやり遂げた思いよりも不思議な気持ちになった。

◎このんでいるの

俺は艶衰がいつのまにかフィギュア趣味にハマったことを聞いてみる。
しかし、やたら話したがらない。

「言ってなかったけど俺も結構なオタクだよ?」

すると艶衰は

「推しだなんて浦泉菜は言わないよな?そんな流行りに乗らなくていい!」

あっ。
俺よりも造詣が深そう。

こんな艶衰を見たのは初めてだった。
普段は怖そうなキャラクターでバリア張ってるのに。
もう少し打ち解けたら、色々話そうかなあ。
カラオケに付き合ってくれるぐらいには人付き合いいし。
改めて彼と同じバイトが出来て良かったと感じた浦泉菜だった。

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