避けられぬ懐疑〈懐古補正〉
※お祓い済みです。
我々は心霊確認班。
この世には様々な事情が交錯し、パラレルワールドのような事象が巻き起こる。
ただ一つ言えるのは、我々の世界はたった一つだけということ。
今回はボディガード兼演出研究生の浦泉菜冨吉が女性演出補、野谷と共に取材へ向かうのだが。
前回
◎振り返るほどでも
今回送られてきた映像もフェイクかそうでないかの違いを探している。
女性演出補野谷はリモートワークで捜査中の班に連絡していた。
前の調査で採用したプロ格闘家の男子高校生『浦泉菜冨安』さん。
履歴書は要らない面接を行なったのだが彼は『浦泉菜土蛛』の弟と記入していた。
野谷はその人物を知っている。
しかし、それは彼の悪戯だ。
態々必要のない書類を持ってくるのだから。
聞くのも聞かぬのも失礼な話だが、前の取材で見せた姿で充分採用するに相応しいスタッフであることは理解していこうと考えているつもりだ。
そんな浦泉菜研究生がある映像を渡した。
「いやあ、一人でカラオケなんて久しぶりに行ったので気分が良くて。
そしたら昔、練習に付き合っていただいたジムの先輩と出会って、この事務所で働いてること言っちゃったんすよ。」
こういう所は若手あるあるなのだろう。
ここは事務所の先人としてどう言えば良いのだろうか。
いつも事務所を悪戯から守ってくれている上に前の取材のネタも出来た。
その上新たに投稿映像まで入手している。
「浦泉菜さん、その方とはどのような約束をしましたか?」
「投稿報酬と取材場所の提供先は野谷さんの連絡先にいれておきました。」
この場合、優秀というより自分達の悩みを優先して解決させようとしている。
これが高校生でなければ下っ端の反逆なのだがその様子はなかった。
男性演出補小口に連絡を取り、取材へ向かった。
◎揚げられない衣
今日は艶衰阿良又が不在。
彼ももう一人の男子高校生でありボディガード兼研究生だ。
浦泉菜研究生と違うのは硬派で秘密主義な所。
彼は事務所の留守を請け負ってくれた。
しかし、心霊関係の資料が山積みの事務所に廃墟で鍛えている現役プロ格闘家の男子高校生が仁王立ちで構えていると思うと野谷は改めて非日常を実感する。
「歩道橋に立って 街を見下ろす平和な空気に包まれた景色 嫌気がさして」
「感情なんて 抑え込んだら 最後の一人 オレだけでいい Red rock」
あるカラオケ店に浦泉菜研究生と依頼主の屋敷場という若者が共鳴している。
依頼主の要求で野谷は部屋外で待機し、頃合いを見て二人の中へ入っていく。
「例の映像を確認させていただきました。
あの映像はいつ頃取られたのでしょうか?」
浦泉菜研究生は淡々とした野谷の仕事に感心していた。
内心依頼主とデュエットを組めて楽しんでいるのかもしれない。
「この製作会社のDVDが凄い怖くて、フリーターの俺としてはいい趣味になってる。
冨安がバイトになってるなんて思わなかったし、まさか俺が依頼主になるとも思わなかった。」
野谷は少し嬉しかった。
自分達の仕事は誰にも理解されず、華やかな気配は微塵も無い。
浦泉菜研究生程の心持ちなれば別だが、格闘関係は自分達よりは輝く場所だと思っていた野谷の本心だ。
依頼主の話ではプロ格闘家をやめた後に正社員になったのだが、入院せざるを得ない事態になって揚げ物屋でバイトをしている。
それだけでは食べていけないと悟った依頼主は昔、釣りを楽しんでいた湖畔までバイクを飛ばしてスマートフォンのカメラを回していたという。
「へえ、屋敷場さんも思い出フィルターに包まれることあるんですね。」
年を重ねれば自然と負の思い出を取り除いたフリが出来てしまう。
浦泉菜研究生の世代ではそういうモノを嫌悪する文化が出来ているとでも言うだろうか?
「俺、そこでやってはいけないことしたかも知れなくて。
冗談。正社員やめたのもプロの道やめたのも全部自分の意思。
行き場をなくした俺を知っているのは冨安とあの湖だけだった。」
流石に浦泉菜研究生もそれ以上は聞かなかった。
「私達に出来ることは少ない、のですが霊媒師の方に相談してみた所、あの湖畔で貴方がかつて行ったことを咎めるつもりはないようです。
ここだけの話にして欲しいのですが私達、ドキュメント界隈では売り出す時は演出を盛ります。
全ての霊が悪霊というわけではないので、今までの出来事は屋敷場さんだけに起こる不幸ではないことを留意していただければ。」
屋敷場さんは野谷へメモを渡した。
「久しぶりの再会と十八番を歌えて、投稿報酬も受け取れました。
思い出フィルターはここで終わらせます。その前に、ケジメはつけたい。」
浦泉菜研究生は首を傾げたが野谷に意図は伝わった。
メモを確認し、
「後日よろしくお願いします。」
と伝えた。
浦泉菜研究生を助手席に乗せて事務所へ向かう。
「別にフィルターがかかるくらい人間としては当然だって本に書いてましたよ?
」
「だからこそ、他者の目線も必要。
私の目線だけじゃなくて浦泉菜研究生とのやり取りが、屋敷場さんのフィルターを修正したの。
」
浦泉菜研究生は黙って納得していた。
「俺も、見えない世界に囚われてたりして。」
「良くも悪くも私達の仕事を知れば、また認識が変わります。」
こうして後輩と喋る野谷は自分で振り返って貴重な体験をしていると感じていたのだった。
◎最後の余韻
映像にあった赤いオーブ。
正直に言えば、良い状態では無かった。
嘘をついたわけではない。
普段はあの湖畔は穏やかなのだ。
屋敷場は最初にあの湖畔を訪れた当時に危うい何かに取り憑かれていた。
それを振り払う為にプロ格闘家をやめたのかも知れない。
もしかしたら・・・
「綺麗なままだなあ。動画配信者に荒らされない様に暴力に頼らない方法を勉強していたら、会社員って立場も失った。
でも俺一人幸せになってもなんか違うし、恋も結婚も全部経験して何もかも違った。」
明るく振舞っているが会話はそのまま鵜呑みに出来る程の内容では無かった。
心霊関係の仕事をしていたら避けられない決断をしようとしていたの可能性は高まった。
けれど、彼はこの湖を守ろうとしている。
「報酬だけで飽き足らないのなら、リモートワークが出来る私達の現場に来れませんか?
そうすれば、霊障の研究も出来てこの湖畔に通う理由も私達が代弁できます。」
屋敷場は少しだけ野谷の方へ振り向いた後に答えた。
「別に野谷さんから見て危ない事は考えてない。
いやあ、やっぱ隠すのは辛いな。
けど今は保留にさせて欲しい。
俺は冨安と違って逞しくないから。」
ああは言っているが職場環境がリモートワークなのは嬉しそうだ。
浦泉菜研究生、艶衰研究生には悪いがバイトのリモートワーク枠はここで確保させてもらおう。
二人は湖畔にある石碑に祈りを捧げ、車へと戻る。
特に何かをしたわけではない。
ただオーブを赤く染めるだけ悪影響を与えたことを生きている彼が過ちだったと認めた。
いや、過ちというよりもその時の最善策を選び取っただけと思う事にした。
こうして今回の依頼は終わった。
◎脆いもの
「野谷さんと屋敷場君は何か隠していたなあ。けど、聞くのは悪いし。」
艶衰といることが多くなった浦泉菜研究生。
艶衰阿良又は謎多き同い年。
今日も休みなのだろうか?
通信制の高校はではなさそうだから余程偏差値高い場所か定時制だろうか?
「いくら廃墟で知り合ったからって、なんでも聞くな。
俺達はもう餓鬼じゃない。」
本当にクールな奴。
今回は恐怖を感じない。
俺はちゃんと話す事にした。
「もう、俺は廃墟でトレーニングするのやめるよ。
せっかく嫌でも他の廃墟とか仕事でいきそうだし、あそこでのトレーニングするのならいっそ堂々とジムでやろうぜ。
艶衰がどこのジムか分からないけど、
俺と試合が組まれたからって仕事に支障はきたさないからさ。」
それでも艶衰の意見は変わらなかった。
「プロ意識が育てられないのなら、ずっとボディガードのままだ。
リモートワークの条件は小口さんから教わっただろ?
人生はどんな経験も活かせる。
俺はトレーニングをやめない。
お前とも戦う。」
真剣なムードではあるが、そんな可能性のある俺と艶衰は未来の監督候補でもあるんだぜ。
良いな。
彼には懐古補正なんてなさそう・・・いや、こういうレッテル貼りは失礼だよな。
こうして浦泉菜も賢くなっていく。
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