闇ドラ七話:心臓が迸る
※全十二話で、五年前に投稿した自作です。
投稿サイトに掲載した作品を処女作と読んでいいのかは分かりませんが、自分の話を描きたくて『私小説』にのめり込んだ作品でもあります。
なるべく掲載当時のままにしておりますが、読みにくいやその時代だから許された描写、表現には修正、加筆等をさせて頂いておりますが基本的に掲載当時のままにしております。
お楽しみ頂ければ幸いです。
あらすじ
プロレスとはリング上で観客へ全てを魅せることを目的とした攻防を展開するスポーツのことである。そこには笑いあり、涙あり、迸る汗を流しながら闘い生き様を見せる選手達がいる!
さあ、人間よ。幽霊よ。俺の前へ現れろ。
控えめに言ってぶっ潰す!
今日も彼はいつものように誰か-幽霊-を殺すのだろうか。
彼への生への執着。
いやなんと言ったらいいのだろうか。
経験したことのない“生”というのは果たして彼の目にどう映っているのだろうか。
他にも彼のような境遇の幽霊などいくらでもいそうなのに。
彼の仲間達や情報屋であるお爺さんの影響なのだろうか?
それはありえない。
彼らもなんだかんだ言って死人の思考を持っている。
分からない。
やはり彼に聞いてみるのが一番だ。
そうしたら、殺してもらおうかな。いや…。
わたしの中で考えはまとまらない。
彼への興味が生前と死後のわたしの行いを遠ざけてくれる。
でもこれは逃げだ。
それにわたしはあんな勝手な彼をどうしてこうも興味を持っているのだろう。
「何か考えてるな。」
いつものようにふらっと現れる彼。
黒いスーツも汚れがない。
きちっと仕事-殺し-を行ったのだろう。
彼は何かを思い立ったように人差し指を立てる。
なんか機嫌よさそうだな。
「あんたさ、スポーツって何が好き?」
スポーツ?彼からそんな言葉が出るなんてと驚いてしまったが、いつもの旅か仕事しかしない彼との会話でこんな日常的な話ができるのは今日が最後かもしれない!
だがスポーツか。
子供が生まれてバレーや水泳をはじめたことはあったが、誰かとの付き合い目的になったのでわたしにはしんどくてやめた。
そんなわたしが唯一できそうなスポーツなんて……。
「そんなに迷うことか?
なら何か観た事あるスポーツで好きなものは?」
観戦かぁ……旦那と野球、サッカーを観ていたことはあるけどいまだによくわからない。
子供とバスケを見たことはあるけどある選手の脇が気になったぐらいしか印象がない。
「気晴らしにはスポーツがいいってよく聞いてたし、あんた主婦だったとはいえなんかあるのかと思ったけど…まあ機会がないか。」
どうせわたしのイメージは寝転がりながらせんべえかじってるおばさんですよーだ。
でもなんか悔しかった。
彼との貴重な日常会話が期待できるチャンスを無下にしてしまった感じがするし。
腐っても彼は成人前後。
体を動かしたくてしょうがないはずだ。
わたしは小学生の子供がいるの出不精な状態で育ててしまったせいでそういう気持ちがわからない。
ああ辛い!
「待て君たち!」
わたし達は同時に振り返る。
あれ?あの逞しいシルエットって?
「この気配…生前も死後も誰かを殺したわけじゃないな。
なのにこの様々な相手と戦ったような死人と思えないオーラは一体。」
そんな説明台詞を言ったら何かよからぬことが起きそうじゃない。
わたしはシンプルに質問してみた。
「誰あなた?」
そのシルエットがわたし達の前に華麗に着地しながらポーズをとる。
「私の名前はアントーニオタイガー!」
「それって本名ですか?」
わたしは真面目に返事をしてしまった。
「いかにも。」
「死人なのに名前を名乗るなんて。どこかおかしくなってないか?」
彼は警戒する。
アントーニオタイガーは自分から登場した癖にキョトンとした顔をする。
調子がくるっているようだ。
「君たちは知らないのか!プロレスというスポーツを。」
ああプロレス。
名前だけは知っている。
選手とかも生前テレビで見たことがある。
彼は生前に執着のある死人としか見ていないようだ。
「あんたの変なマスクとマント。
そんな恰好かつ同じ日本人なのに生前の名前が横文字って何を企んでやがる!」
あーあ。
完全に攻撃する気だ。
だが向こうは危害を加えてこないので戦闘準備をしているだけだ。
それを見たアントーニオタイガーは
「ほお。
死んでどれほど立ったかはわからないが成人前後の良い体格をしている。
いいだろう。」
何が良いのかわからないがわたしたちはナチュラルに連れていかれた。
群れない媚びない結婚しない
どこの会場なのだろうか。
わたしと彼はなすがままにアントーニオタイガーに連れてこられた。
そこには体格の良い、若人からジェントルマンがいた。
“格闘技”か。
既に何人-幽霊を-殺していて、自分の好きなスポーツは教えないで出不精の私に好きなスポーツを聞く彼には似合いそうだ。
でも、わたしも手にかけているし…いややめよう。
アントーニオタイガーは死人とは思えないほど元気な声で生者、死者混じるこの会場に大きな声を出した。
「君たち二人からは並々ならぬストレスが感じられる。
そんじょそこらのスポーツじゃ発散できないだろう。
だからこそこの“プロレス”というスポーツでぜひとも汗を流してもらいたい。」
彼もわたしも珍しく黙って聞く。
なんなんだこの説得力と威圧感?
優しくも暖かい、というか逞しい言葉は?
大人のわたしでもめったにきかないぞ。
「プロレスってなんなのか教えてくれないか?」
率直に聞く彼。
「このリングの上でお客さんを相手に選手達と戦ってもらう。
今回は私や後輩のファン、死んでからプロレスに興味を持った人達を呼んでおいた。」
いつの年代からのプロレスラーなのだろう?
そして死んでもファンになっている人がいるんだ。
そういう思いがわからないわたしにはうらやましく思えた。
「君たちには私の後輩をリングで倒してもらい、勝ったら私に挑んでもらう。」
勝手にそんなこと決めないでよ!
ちょっとあなたもなんか言ってよ
「ある程度ルールは聞いている。
殺さないように殺す。それでいいよな?」
やる気なのね。
やっぱり男の子だもんね。
「よし!いい返事だ。君は?」
え?わたし?
「男女細かいこと関係なく楽しめる格闘技かつスポーツ。
それがプロレスだ!
君も素質はあるようだが?」
誘われてる?すると女子プロレスラーらしき霊があたしの元に集まる。
「リングの上なら誰だって挑戦者よ。あなたむいてるって。」
あ、そうですか…。
すると彼が
「あんた近頃俺のことで悩んでるみたいだし、なんか口で言えないことがあるなら身体でもいいから聞いてみな。」
なんかそれっぽくなってるぅ。
わかったわよ。
死人も動かないとね。
そんなこんなでわたしと彼はリングの上にいる。
まずチームを組むことになり、彼は悪役っぽいチーム『ドミニオンズ』に入り、
わたしは『幽霊女子プロレス』に入って3タッグマッチを行うことにした。
えええ?一対一じゃないの?知らない人達と三人って本当?
しかもなんなのこの格好!と右往左往しているわたしとは対照的に彼はあっちのチームと既に馴染んでいた。
「いいかお前ら!
俺らは相手が女だろうと容赦はしねえ。
リングの上ではそんなものは関係ない。」
『ドミニオンズ』のリーダーらしい長髪ロングで禍々しいパンツを履いている男がマイクをもって私たちに宣言する。
「それと俺たちの心情!群れない、媚びない、結婚しない!そういうことだ。」
彼までノリノリ。というか突っ込みが追い付かないよ!
するともう闘いは始まっているのかわたしのチームである二人の女子プロレスラーとあっちのチームがとびかかってきた。
それからしばらくしてベル?(後にゴングと判明)が鳴った。
詳しいルールや技の名前はわからないがみな相手の腕や足を組んだり、拳や脚をうまく使って攻撃をしている。
すごい…。
死んでるとは思えない。
ファンの幽霊達も熱い声援を送る。
めちゃくちゃ生き生きている。
そして観客からわたしにはブーイング。
つらい。
するとチームの一人で謎の化粧と角をつけている方がわたしを持ち上げ武器のように扱う。それが彼にあたる。
彼は勢いよくリングの外にふっとぶ。
あれ?楽しい!
なんだこの高揚感。
それを察した角の方は笑顔でわたしにサインを送る。
「あんた、派手にかましてきなぁ!」
「もちろん。」
わたしは呑み込めないなりに周りで動いている格闘家やその霊達の動きを見様見真似で彼らに攻撃する。
「ほら、脇が甘いよ!」
わたしは坊主とタトゥーをしている大男にタックルする。
「舐めんじゃねえ!」
スイッチが入ったわたしは大男に『スレインダードライブ(※今考えた)』をお見舞いする。
チームの二人とファンが愕然としている。
が、どっと会場が湧いたのを確認した。
アントーニオタイガーはうんうんうなづいている。
「ちくしょう。俺の仲間を。」
彼が悔しそうにしている。
「リーダー。ここは俺に任せてください。」
「何よ。
自己中なあなたが敬語なんて。わたしにはそんな意識向けなかったくせに。」
「ふん。
俺に何か言いたいことがあるなら言えよ。」
「あんたの好きなスポーツはなんなのよ!」
わたしは勢いよく後ろに走り、ロープに背中をつけてから彼に腕を向ける。
ちっ、躱されたか。
やっぱり普段あんな仕事をしているとわたしの動きは読みやすいか。
いつの間にかファンができてわたしの応援をしてくれるようになる。
「彼氏に負けんな!」
「あんな若造倒しちまえ!」
いい!
何この一体感?
家族や近所づきあいじゃ経験できないこの高ぶりは。
「わかっているわよ。」
すると彼は少し体を揺らしながら拳を構える。
「ああ。教えてやるよ。俺の好きなスポーツは…」
彼はバク転しながらリング外に飛び、なぜか置いてあった机の上に着地してからまた飛んでわたしに向かってボディプレスをし叫ぶ!
「卓球だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
一同黙る。
わたしはそれを躱し、リングのコーナーに乗ってお客さんの拍手に煽られながら突っ込む。
「さっさと言えやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
わたしの攻撃を彼のリーダーが邪魔しようとするとわたしのチームメイトがそれを抑える。
「あんた、やっちまいな!」
「「「スレインダードライブ!」」」
それから勝敗がどうなったのかわからない。
彼もわたしも使ったことのない技、観客の声援、仲間の掛け声等によってアドレナリンが全快になっていた。
記憶には残っていない。
ただ、アントーニオタイガーが「君たち最高だ!」と大声で叫んでいたことは覚えている。
「いやあ素人なのにあれほどまでの試合が観れるとは思わなかったよ。やっぱり私の目に狂いはなかったか。」
「プロレスってこんなスポーツとは知らなかったよ。」
「まだまだよ。もっといろんな楽しみがあるはず。」
アントーニオタイガーは嬉し涙が出ている。
なんかこっちも泣きそうだ。
「お誘いいただきありがとうございます。」
わたし達二人はアントーニオタイガーにお礼をいった。
チームメイトやファンの方々にもいろいろなことを話せた。たった一回組んだだけなのに嬉しい。
素敵な経験をありがとう。
飛行機にて
念願の…念願のファーストクラスに入れた!ま、まあ無銭なんですけどね。
彼はいつものだらしないポーズをよりだらしなくさせていた。
死人にも贅沢を味合わせてくれるファーストクラス。
生前にお金払ってでも乗りたかったねえわたしは!
「プロレス楽しかったわね。」
「はん。
俺達はまだ50%の力も出してないんだぜ。」
「ほんとう?ならまた闘いたいわ。」
そんなやりとりを極上の空間でしていた。
なんだかんだいって童心は死んでも残っているのね。
こんな経験をしたのが初めてということもあって落ち着くのに時間がかかったけれどわたしは彼に話してみた。
「わたしね。
あなたに殺して欲しかったの。
一度自殺をした人間はもう見境がないのよ。
それにこの世に子供を残し、罪まで犯した。
もう充分って思った。
あなたと初めて会った時はそんなの嫌だと思ったけれど。
だんだんあなたのことを知ってあなたになら殺されてもいいと思ってた。」
一呼吸を入れるわたし。
「でもやっぱりあなたといるのが楽しい。
わたしが間違いを起こしそうになったら殺してくれるあなたがいることが。
だからわたし、もう誰かを殺したいなんて思ってない。
誰も怨まないし、なんとも思わない。
旦那もどっかで霊として存在しているのかもしれないけど、そのときはあの技をかけておく。
ただ…。
この世に残した子供ともし再会することになったら、わたしはちゃんと向き合わないといけないと思った。
でないと今はよくてもまた何かのせいにするかもしれない。」
もう一呼吸を置くわたし。
「だから、情報屋で今度わたしの子供がどうしているか聞いておく。
あとはわたしの覚悟が決まり次第。
もしもの時はあなたが…。」
そこまで言おうとすると彼は腕で制した。
「そこまで決まっていて、考えてるなら後はあんた次第だ。
俺は俺のルールで動く。あとはあんたがやればいい。」
もう相変わらずなんだから。
「今日はありがとうな。」
「わたしこそ。」
「次は記憶に残る試合をしようぜ。」
「わたし達死人だからいくらでもやれるもんね。」
プロレスによって培った経験は二人にとって大きなものだった。
たまにはこういう休息があってもいいと思う。
生者にも死者にも楽しむなという決まりはない。
楽しい気持ちはとても大事だ。
続く
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