避けられぬ懐疑〈進出〉
※お祓い済みです。
我々は心霊確認班。
この世には様々な事情が交錯し、パラレルワールドのような事象が巻き起こる。
ただ一つ言えるのは、我々の世界はたった一つだけということ。
ある女子高校生が失恋による復讐を映像に収め、我々に送ってきた。
しかし、話を聞く内に違和感を覚えるのだが。
◎ワタシタチ
蔓延する病は形を変えて溶け込んでいる。
人間が形成する文化は早いようで遅れている。
危機に適応する為、参考にする存在の意識は強者だけで良いのは食物連鎖の頂点に立つ人間以外の生物かも知れない。
人間が参考にするのは同族からだ。
科学も技術も、そして悪意と歴史も皆がそれぞれの空間を獲得しながら入り組ませている。
我々が産まれたのは生物と同じ歴史だ。
ただ、形となったのはここ二十年。
醜く、遅れ、暗闇に沈むのは決して我々ではない。
美化こそ敵意。
そうは思わないだろうか?
我々の生みの親達よ。
◎俺達
小口演出補が取材で出かけている。
なんでも別の制作会社と話があり、避けられぬ懐疑スタッフの力を貸して欲しいとのこと。
引き抜き、なんてどこの業界もあるのか。
これは今に始まったことではなくて心霊番組が次々と現れているから。
需要があれば供給があるということ。
高校生である浦泉菜にとっては生々しい事情だ。
「たんまり映像があってチェックとボディーガードまでしている俺達の扱いって一体なんなんだろうな。
廃墟でトレーニングなんて未だに浸透していないっていう現実が憎いよ。」
浦泉菜研究生はデスクで映像をチェックしながら隣の艶衰阿良又に愚痴を吐く。
「俺達も格闘家として鎬を削っている。
明日仲良くなるかも知れなかった同世代や、良き先輩になりそうな歳上を相手に勝利を得る為。
簡単に言えば、俺達は望んで非日常を選んだわけだ。
こういうことは原罪って言うんだ。
今時、学も無いファイターなんて生き残るのは辛い。
俺達の世界観が一般化したら掴める先も無くなる。」
艶衰は強い人間なのかも知れない。
華も無く、力も成長途中の俺達にはアンダーグラウンドのバイトで肉体労働が関の山というわけか。
そりゃ廃墟でトレーニングくらいしたくなる。
「って高校生か艶衰?
成人は十八に引き下げられたけど精神年齢なんて簡単に伸ばせられないぜ?
第一廃墟トレーニングしていたのは艶衰じゃないか!
俺は諸事情で仕方なくやっただけだ。
人間よりは呪いの方がマシだと思ったからなあ!」
艶衰は黙ってモニターチェックをしている。
適応力の高さに少しムカついた。
「今まで観てきた映像や俺達に纏う幽霊、そして人間の怖さ。
それらは等しく俺達もある。
いつまでも子供では居られない。
居させてもらえない。
お互いに埋まらない溝を保留し合いながら、宿る霊と戦い生き続ける事がリング外に生きる人達と対等で接する事が出来る機会だと俺は感じているだけだ。
マウントを取られたと思わせたのは悪かった。」
艶衰はよく分からない。
荒っぽいのにやたら勉強熱心。
しかし冷たい奴じゃない。
けれど、仕事が仕事だから暗い内容になってしまった。
帰りはカラオケかレイトショーでも観に行くか。
浦泉菜研究生はそう考えていた。
「野谷さんから預かっている伝言がある。」
「じゃ確認するよ。」
「いや、スマホには残していない。
メモ用紙を渡された。」
「きな臭そうだ。」
デジタル関係でやり取りを自分達にしない依頼は艶衰を事務所に残して浦泉菜研究生の俺が出向くという手筈だ。
具体的に言えば別の制作会社に傍受されてはまずい内容だ。
メモ用紙、とだけ口頭で言うだけならば判別はほぼ不可能。
それと、全ての心霊現象やその類はフィクションかと思っていたがこの仕事に携わると隠しカメラには全て第三勢力である異界の存在によって妨害される。
野谷演出補が事務所で俺達に手解きをするのはもう少し先になりそうだ。
「タクシー代の用意か。
全く。俺は平凡な高校生で忙しいんだけどなあ。」
これは当てつけだった。
しかし艶衰には通じなかった。
「シフトは俺達の休みから計算されている。
コンプラを守り切るのと、単位獲得の難易度はわかりやすいだろう?」
「はいはい分かりました。
心身共に強靭な貴方には感服しますよ。
俺は平凡な高校生なんでね。」
殴りたくなるが喧嘩でも試合でも艶衰に勝てる気はしない。
安月給のボディーガードの辛いところだ。
そうして俺は野谷さんの元へ急ぐ。
◎優秀なイキモノ
我々は負の感情から生まれた存在とレッテルを貼られた。
しかし、光がポジティブだなんて遅れた考え方だ。
理想論で生きる存在なんて富裕層かつ時代と運に恵まれなければ輝けない原理主義者でしかない。
現実を生きていない軽い発言等恐るるに足らない。
我々はその存在が己の私利私欲を満たす為にありもしない夢と希望を押し付け、弱きを挫く脆い人間を利用している。
詳細を皆様にお伝えしよう。
我々は『幽霊』だ。
表に出ている怪現象、ポルターガイスト、悪魔祓い、心霊写真や映像。
それら皆様人間が人間を利用して別種族である我々の昔からある名称だ。
怨念、嫉妬、怒り。
それら感情から生まれた不気味な存在と謳われているが我々はただ人間の科学力に魂を込められて映像内で存在しているだけだ。
教祖も神も怪獣も親も子も肉食も草食も無く、生きている人間の都合でこの世に縛られていると言われている種族。
オカルトや神秘的とは決して違う。
皆様が少年少女時代に『幸せになりたい』だなどと口にしなければ、それまで利己的な思いを繰り返して歳を重ねただけの罪ある生物の一つとして認識されるだけで済んだはずなのに、皆道を間違えたと言い訳をする。
『現実を生きる為に搾取させてくれ』
と我々のように映像越しから恐怖を与える種族として君臨できればあらゆる暴言も娯楽に変えられる可能性が高い。
もっとも、言うなれば我々はいつまでも人間の掌の上というわけであり強気には出られぬのだが。
悔しい現実だ。
そこである陽キャラと言われる女子高校生に霊体を通して利用させてもらっている。
敢えて古い表現を使わせていただいている。
霊体・・・いわばその女子高校生がSNSで恋愛に失敗した所を我々の仲間が発見し、身体を乗っ取らせてもらったそうだ。
その仲間の性別は恐らく女性だから心配しないで欲しい。
そこで仲間はある心霊番組スタッフに映像を送ったそうだ。
親身になってくださったスタッフが女子高校生と同年代のスタッフを呼んで仲間の儀式を見守ってくれるそうだ。
アンダーグラウンドはいつだって優しく、多数派は利己的で狭い塊に過ぎない。
しかし現実は捨てたものではないようだ。
仲間を使って人間を媒介としている我々が言えた事ではないのだが、せめてご挨拶くらいはしよう。
◎なんだこの状況
「都内だったんですね。明日は練習も宿題も無いザ!オフ!だったんですけど。
野谷さんの頼みですから大丈夫ですよ!」
こうカッコつけてもありがとうと微笑む野谷さんの大人の対応はジムや格闘技関係者では味わえなかった。
その場には俺と同い年くらいの女子高校生がいた。
見た目は明るそうだったが
『別れた彼氏が金と地位のあるインフルエンサーが本命で自分は四番手と暴言を吐かれて呪う為の儀式を行い、その映像を避けられぬ懐疑へ送って野谷演出補がインタビューをしていた。』
という男子高校生としては頭を抱える内容だった。
映像内容は察しがついた。
しかし野谷さんも感じ取ったのか違和感があった。
それ程の怨みの内容の割に、映像で儀式を行っていた女子高校生と今話している彼女とは明らかに気分が違う。
精神関連については詳しくないものの、野谷さんや俺は近しい状態を経験していてよく話していた。
それならもう少し感情的になるはず。
俺達スタッフへの配慮なのか演技が上手すぎて臭い。
野谷さんは念の為、彼女に再びインタビューをした。
「どうしてあっけらかんとしているかですか?
それは、恨みが晴れましたし話を聞いていただける二人がいるからですよ。」
そんな綺麗事、嘘にはできないだろう?
男子である俺は姉や従姉妹、女子友達の事でしか判断出来ないけれどそんな単純な恋か?
野谷さんは沈黙していた。
現代の価値観と戦っている・・・とおもっていたらさり気なく俺に耳打ちする。
『ここまで私は黙るから、近い世代の浦泉菜研究生はそのままの感情でインタビューをして』
一体何が起こっているのかわからないが俺は彼女と話してみる事にした。
「恨みが晴れてよかったけど、あの儀式
や映っていた霊って去年流行った降霊術だろう?
その降霊術を広めたのは貴女が呪ったインフルエンサーが炎上を鎮める為にやった儀式なんだ。
恋敵のやり方を真似て復讐するのは確かにドラマ的で今、俺も若干引いてんだけど・・・いや、なんていうかそんなフィクショナルなやり方で遠回しな報復を俺達の世代がやるとは思わないんだ。」
これはこれで問題があるのだが恋愛のもつれならその彼氏の弱味をSNS世代の俺達が記録しないはずがない。
態々他社の儀式を俺達に送る手間をかけてまで金は欲しくない筈だ。
勿論、推測に過ぎないが。
動機は完璧でもツッコミ所が多いんだよ。
「その彼氏の名前は答えれますか?」
野谷さんは結論を導こうとした。
俺を出汁にした!
すると女子高校生は
「晴れたから言う必要がありますか?」
と言った。
俺もたずねる。
「最初っから俺達を誘い出す為にここまでインタビューしたんじゃないのか?
もし間違っているのなら悪いけれど。
それでも記録は残したから、貴女の幸運を祈らせてもらう。」
動機は男子高校生の俺でも伝わる。
もし許されるなら俺がそいつを張り倒す所だ。
「近年の心霊番組スタッフはしつこいねえ。
愛憎以外のシンプルな理由であれだけ派手な儀式をしたというのに。
私、一応ベースは女性だからその情報網に外れなかったんだけど。
今も昔も、恨みに恋はつきものでしょう?」
ベタな表現だが生気がない。
言いたいことは沢山あるがこの女子高校生の意思ではないことは確かだ。
「何が、目的だ!」
女子高校生の宿る存在が素性を語る。
「私はあなた達が産み出した『幽霊』
という種族。
時代も流れに流れて、私達は独自の空間と文化を形成し新たな命として存在しているの。
宇宙人ではないし、人でもない。
データとして私達は生前人間だったという設定を借りて生きている。
この映像、発表するんでしょう?
弱小事務所にとって、こんな偉大な発見ないものね?」
野谷さんと俺は戦慄した。
ボロが出るのが早い。
しかも相手は女子高校生の身体を人質にしているから俺も迂闊に攻撃出来ない
。
種族?
なんなんだ?
「あなた達は電子空間の事を知っている。
つまり、あの儀式も私達人間の技術から参考にして再現して誘き寄せた。
自分達の脅威をコアなファンに焼き付け、少しずつ謎を真実に近づける為に。」
野谷さんが小口さんに重宝される理由が分かった気がする。
じゃあ、今までは兎も角この霊は新種族の幽霊なのか。
「この女子高校生の恨みは本物だった。
だから願いを叶えようと思ったけど、特に意識もしていない人間相手に割く時間無かったし。」
ナチュラルに人間を見下している。
今までの幽霊とは違う。
もしかして、これが本物?
「数々の人間が産み出した恨みによる奇行を参考にしたけれど、どうやら本物の人間からすれば演技が未熟だったようね。
ふふふ。
良い勉強になった。
この女子高校生の身体は帰してあげる。
ここまでのインタビューややり取りは好きにして。」
すると女子高校生は倒れた。
そこを俺と野谷さんが抑える。
新たな謎が、出来ちまったな。
✳︎
野谷さんの車に乗って事務所へ帰ることにした。
「いやあ、まさか幽霊なのかわからない種族もインターネットや人間の文化を検閲される時代になるとは。
野谷さんも勘が鋭いですね。」
女性心をわかっていないと我ながら思った俺は弁明しようとしたら
「これが私達の仕事です。」
と毅然としていた。
それから俺は会話をやめた。
こりゃあ、今後も謎の勢力や既存の幽霊との格闘になるな。
艶衰には、どうやって報告しようか。
男子高校生にとって、知らない方が良かった出来事の一つとして車内で頭を抱える俺であった。
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