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風の日

 普段は八時十五分の地下鉄に乗っているが、今日は八時三分の地下鉄を目がけて家を出た。きのう寝る前に、一晩をかけて大雪が振るというニュースを見たのだ。この街は一月も後半になると、冬が終わるまでに数回ドカ雪が降る。その一発目が昨夜だった。

 外は晴れていた。雪は二十センチほど降り積もっており、私はアパートの玄関扉を、積雪を押し出すように開いた。

 夜の間も車通りがあったのか、目の前の車道の雪は既に踏み固まっている様子だったが、アパートと車道の間の歩道は、ふかふかの雪が降り積もっていた。先に出勤した住民の足跡が、広い歩幅で車道へと続いている。その足跡のなかにスノーシューズを履いた足を突っ込んで、おなじ歩幅で車道に出た。わずかに崩れた雪がシューズのなかに入りこみ、くるぶしのなかを濡らす。

 今日は雪の日だ。昼前から再び雪が降るらしい。こんな積雪や降雪がすさまじい雪の日に、わたしはいつも「風の日」という曲を思い出す。実際は風じゃなくて雪なのだが、脳みそのなかで変に紐づけがされているらしい。

 「風の日」はELLEGARDENというバンドの楽曲で、十代の頃によく聴いていた。友達はみんなMDプレーヤーで音楽を聴いていたけれど、私はいつもポータブルのCDプレーヤーを持ち歩いていた。高校生の私は、強情で無抵抗だった。思い込みと語感ですべてを知った気になっていた。好きなものはたくさんあったが、何に対しても不誠実でだらしがなく、常にうっすらとした諦念を抱えていた。だれもがそうであったように。

 ダウンのフードを深く被って、肩にかけたナイロンバッグのチャックを閉める。分厚いダウンのフードで頭を覆うと、視界が狭まり音が聞こえづらくなる。クリーニング屋の前を通りかかると、洗剤なのかアイロンの蒸気なのかわからないが、いい匂いがした。

 今日は昼前から再び雪が降るらしい。雪の日だ。わたしの脳みそは「風の日」を思い出す。「雨の日には濡れて 風の日には乾いて」「そんなもんさ 僕らは そんなもんさ」………。

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