千人伝(百九十一人目~百九十五人目)
百九十一人目 忘却
ぼうきゃく、はすぐに何でも忘れてしまった。今やらねばならないことも、絶対に忘れてはいけないことも、美しい思い出も、何もかも忘れてしまうのだった。忘却と過ごした年月は積み重ねられなかった。嫌な思い出も傷つけられた過去も忘却には刻まれなかった。
日常生活に支障を来たすものだから、彼女の周囲にはいつも忘却を世話する人がいた。あまりに覚えてもらえないので虚しくなり、去っていく者がほとんどだった。「はじめまして」と忘却は両親や兄弟にも言うのだった。「はじめまして