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千人伝

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様々な人の評伝「千人伝」シリーズのまとめマガジン
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2022年11月の記事一覧

千人伝(百六十六人目~百七十人目)

百六十六人目 西村 西村は私小説家であった。露悪的に自身の経験を元にした小説を書いた。自身の記憶と経験を文章に置き換えていくとはいえ、モデルには脚色を加えた。自身の経験にも脚色を加えた。自ずと記憶は作品に置き換えられた。現実との齟齬は酒で埋めた。煙草の煙で隠した。西村はある日突然亡くなってしまったが、亡くなった後もなお自らのことを書こうとした。止まった心臓にはお構いなしに、ペンを持った指は原稿用紙の上を歩いた。作者の急死から遺体の発見までは七日間を要した。その間に書かれた

千人伝(百六十一人目〜百六十五人目)

百六十一人目 駄名 だな、はすぐに自分に駄目出しをした。 だめだな、もうだめだ、もうほんとだめだ。何もかもやめた。何にもならなかった。全てどうでもいい。これまで何もなかった。これからも何もないだろう。 そんなことばかり呟いていた。 本当はそんなことはなかった。 駄名は幼い弟妹の世話をするのがうまく、毎日描き続けている絵も、見る人によれば感動を与えられる代物になっていた。記録されていれば人心を揺さぶり続けたようなメロディを、オリジナルの鼻歌で口ずさむこともあった。 駄名は