千人伝(百六十六人目~百七十人目)
百六十六人目 西村
西村は私小説家であった。露悪的に自身の経験を元にした小説を書いた。自身の記憶と経験を文章に置き換えていくとはいえ、モデルには脚色を加えた。自身の経験にも脚色を加えた。自ずと記憶は作品に置き換えられた。現実との齟齬は酒で埋めた。煙草の煙で隠した。西村はある日突然亡くなってしまったが、亡くなった後もなお自らのことを書こうとした。止まった心臓にはお構いなしに、ペンを持った指は原稿用紙の上を歩いた。作者の急死から遺体の発見までは七日間を要した。その間に書かれた