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福しん考 ~青の時代~

見よ
あなたがたが救いを求め、歩き疲れたとき
夜、誰もいないシャッター通りに一軒だけ、青い看板が光っている
それは福しんであり福音である

福しんの青い看板は孤独な魂が吸い寄せられていく誘蛾灯である。そう、福しんは食事をする場所ではない。礼拝所なのだ。

青い看板。青は食欲を減退させる色だ。飲食店の色ではない。看板が青いのは福しんとゆで太郎くらいだ。ゆで太郎も礼拝所かもしれない。

店内がまた狭くて暗い。駅前やロードサイドのボックス席があるファミリー向けの店は別だが、一般的な福しんはコの字型の横並びのカウンターで、等間隔に隣人と孤絶する。
明かりは暖色で60wあってもなぜか寒色の25wに見える。保健所、古い病院、霊安室、そうした暗さだ。

ライブや練習を終えたバンドマンとギャルは日高屋に行く。幸せそうな家族は餃子の満州に行く。ギラギラと脂ぎった連中は王将に行くだろう。そう、もはや暖色の広い空間が居心地が悪くなってしまった人間が最後に入るのが福しんなのだ。

中にいる客は皆、一人客だ。いや、疲れ切った旅人だ。
誰もが注文が来るまで、うつむき、沈痛な面持ちでこうべを垂れている。
瞑目し、指を組み、肘をついて祈りを捧げる者もいる。
ここでは誰も注文以外に声を上げない。黙ってきて黙って帰る。
しかし、そこには奇妙な連帯がある。
同じ戦線を別の塹壕で戦っていた者同士の。

一般的な客
もはや明るさや90年代JPOP有線に耐えられない

帰り際にもらえるレシートは、そのまま麵、ライス大盛、チャーシュー1枚などに引き換えられるクーポンになる。
それは、また生きてここに戻ってきてくださいね、という優しさ、御守りだ。モノトーンの細長いレシートをポケットにねじ込み(あるいは財布に丁寧にしまい)人はまた孤独な旅に出る。

あるとき一人の男が考えた。このクーポンがあるから、俺はまた福しんに行ってしまうのではないか? それによって煌びやかな街で女性と出会い恋に落ちる、そんな可能性を閉ざしてしまうのではないか?
俺はこのままあの空間に馴染み、壁と同化していくのだろうか? と。
だが次の瞬間、男は苦笑いした。
分かっている。
自分はそんな明るい店には入れないことを。
そして一杯のカクテルの値段を見て「手もみらーめんに味玉をのせた値段以上だ」と思ってしまう人間に恋は無縁だということを。

  今はただ青い光に包まれて
        涅槃寂静 拈華微笑

福しんサワー
全ての料理と合わない強烈なクエン酸の味がする





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