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#136 教頭試験を受けて感じたこと

父親は教員で、校長で退職した。彼は同業者としては尊敬に値するが、父親という点では、両手を振って「尊敬しています!」とは言い難い。すれ違いの生活が多かったからだ。二十一時に家にいれば御の字。働き方改革のはの字もない。痛風になったし、尿管結石にもなった。病気を患いながら管理職を務めた彼を見て、「よほどの覚悟を決めないと受験してはいけない。」と思ったものだ。

そんな私が、今年初めて教頭試験を受験した。理由はただ一つ。五日間の中央研修を受講したからだ。全国各地から集った猛者と、カリキュラム・マネジメント、危機管理、学校ビジョンの具現化など、缶詰状態で集中的に学んだ。選考してもらったのに受験しないとなれば、「君は何のために公費で研修を受けたのん?」となる。筋が通らないことを嫌う私としては、受験しない理由はなかった。

前置きはここまでとして、管理職試験を受けて変化したことをお伝えしよう。まず、法規に強くなった。我々教員は、校長の学校経営方針の具現化のために動かなければならないということが、職務の前提条件にあることを再確認した。「これは私の教育信条に反します。無理です。」ということは通用しないのだ。我々教員には、「法令及び上司の職務上の命令に従う義務」が存在する。拒絶する人は、自分が管理職になる道を選ぶしかない。

次に、「所属職員を監督する」ことについて思考を巡らせたことである。教頭は校長の校務を補佐する立場にあるから、職務命令の発動ができるし、監督もしなければならない。自分が監督する立場になったらどうしようか。相手は信念ができあがっている大人である。震える手足を抑えながら、学校ビジョン達成のために小言を言わなければならない場面も出てくる。教頭には胆力が必要だ。

最後に、今後のロードマップを描くようになったことだ。教務主任の仕事は面白いし、まだまだサブ的な立場で校務分掌に寄与したい。担任としてプレイヤーに戻るのも面白い。俯瞰的な視点をもって学級経営ができるという強みもある。まだまだ現況に未練があるのだ。息子のサッカーの送迎もあるし、娘の試験勉強の手伝いもしなければならない。私にはまだまだ時間的余裕が必要だ。

結果的に、教頭試験は受けてよかったと思っている。新たな視点が自分に生まれたからだ。試験を受けること自体が新鮮な体験である。学ぶべきことはまだまだたくさんあるし、いずれは自分が生まれ育った故郷に恩返しをしたい。そのタイミングがいつ訪れてもいいように、とりあえず今日も参考書をめくっている。

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