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堀川・さくら夢譚11

名桜の横顔は佐平次の胸の中に清々しい印象を残し、その印象は日増しに膨らんでいった。名桜と弥助が清須に戻った後、御国屋源右衛門は早々に清須越を計るかと思われたが、塩の商いだけでなく、古着や小間物の扱いまで準備をするといいだし、計画を練りなおしていた。これからさらに人々の往来も多くなり、季節ごとの祭りで賑わうようにもなれば、普請工事で諸国から集まった役夫たちも着物を求めるだろう、と名桜の話から考えついたのだった。船頭の佐平次の話題が御国屋内で出ることもなく、名桜と弥助が下見を終えて無事に帰ってきたところで源右衛門の関心はなくなってしまった。 慶長十八年に清須越はほぼ完了したとも伝えられているが、御国屋が名古屋の町に居を移したのもその年の春である。名桜が願った桜天神の桜が開き、うららかな春の陽射しが人々を高揚させる季節であった。

 「御国屋の舟まいる〜お嫁さままいる〜」 堀川をいくその舟に、人々は度肝を抜かれていた。白無垢姿の花嫁が舟の中央に鎮座し、紋服姿の花婿と源右衛門が両横に立っている。おつきの弥助は後部で号泣している。なによりも驚くのは、舟の演出であった。赤と黒の打ち掛けが帆でもはるように舟上に飾られ、白、赤、黒、の婚礼の色彩が揃い、水面に美しく映えている。「どえりゃあことだわ〜」 「御国屋さまのおなりだで〜」 両岸から沸き立つ人々の歓声を源右衛門は誇らしげに聞いていた。

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