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堀川・さくら夢譚3

堀川は慶長十六年(一六一一)の夏、八、九月頃には完成したといわれている。おりしも秋のはじめの堀川を一陣の風が渡り、名桜の頬をやさしく撫でていく。好奇心旺盛の、闊達な十六の娘はおしゃべりになり、 「佐平次は見事な体躯じゃのう。ほんとにたくましいものだねえ」 などと玄人女のようなことを口にする。弥助は気がきでない。水上の旅の興奮が名桜に大人びた真似をさせるのか、素掘りの川岸に舟がとまるまで、佐平次が妙な気を起こさないかとひやひやした。しかし、行き交う舟もさすがに多く、日に日に賑わいを増していく名古屋城下の界隈で悪さをする水夫などひとりもいない、と弥助も耳にしている。清須越でいちばんに乗り入れてきた商人たちは、駕籠かきや東海道を渡る飛脚にまで目を配り、目についた腕利きをスカウトしていた。

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