堀川・さくら夢譚5

「いつもは宮宿の裏手の長屋に住んでいるのかえ」 「へい、助かっております」 弥助は吹き出しそうになり、あわてて口を抑えた。前評判通り、佐平次は無駄話などは一切しない男で、川の流れや深さ、行き交う舟に注視はしても、名桜に一瞥もくれることもない。名桜が佐平次の気を惹きたいと思っても、小娘の名桜など眼中にないという態度である。このころの船頭は若者が憧れる粋な仕事で、女にもモテたという。陽に灼けた肢体が溌剌と棹を握り、寸分なく船首を進めていく様は老年の弥助でさえ見惚れるほどで (二十二、三という齢か・・・。佐平次はまちがいなく、女を泣かせているな) と弥助も勝手な想像をしている。

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