見出し画像

始まるという事

プロローグ

オタク用語のひとつに『始まる』というものがあります。と言っても、そもそも存在する単語で意味合い的にもそのままなので改めて説明するような事ではないのですが、用語と言うよりは言葉の用途と表現した方が正しいのかも知れません。

文章で書くと、

“俺、○○ちゃんで始まったわ”

という使い方で、自身がその対象の人物のオタクとして始まる瞬間を迎えたという意味合いを省略した表現として使用されます。推される側が使用する場合の例文としては「私で始まってください!」という使い方です。

まるで“物語が始まる瞬間”みたいで「好きになった」や「ファンになった」よりも個人的には好きな表現です。

オタク達それぞれに数え切れない程の“瞬間”があり「目と目が合った瞬間」「歌声を聴いた瞬間」「笑顔を見せてくれた瞬間」「握手してくれた瞬間」オタクの数だけ始まりが存在する訳です。なんせオタクはちょろいので。

ライトなオタクライフを楽しんでいる私は、滅多な事では始まったりしないのですが、実は一人だけ推しメンが居ます。彼女についてはまた別の機会に書きたいと思っています。

では今回何を書くのかと言うと、そんな私が『不意に始まってしまい、17時間後に終わりを迎えてしまった』というお話です。


2022年12月10日午前4時東心斎橋で

その日の私は、長らく続く地方での仕事を中断し、数日間の休暇を過ごすべく大阪の自宅へ帰省中の身であり、夜になってから行きつけのコンカフェを巡っていました。

2件目のコンカフェを後にし、焼肉店、マッサージサロンを経て3件目のコンカフェに滞在中にふと思いました。「今まで行ったことがないコンカフェに行ってみたい。どうせ行くなら自分が絶対に好きではないタイプの店に。」と。

そこで私が目をつけたのは、

・立地がミナミの歓楽街エリア
・現役ホストがオーナー
・巨額を投じた内装設備
・露出の多い制服

という“いかにも”なタイプの店でした。楽しめたら楽しめたで良いし、もしそうでなかった場合でも話のネタになるのでいいかなという面白半分な気持ちでした。正直に言うと、どうせキャバクラ接客でもしてるんやろ?くらいに思っていたので、面白半分どころか面白九分くらいだったと思います。

店に到着したのは午前4時。驚く程に綺麗なその内装に慄きながら恐る恐る扉を開けると、店内にはテーブル席に座るホスト風の四人組、そしてカウンター奥におじさんが一人。キャストがフロアに四人くらい居るのが見えました。すぐに私に気付いたカウンター内のキャストが声を掛けて来ました。

その瞬間。全ては一瞬の出来事でした。

「お好きな席にどうぞ!」
「初めまして!私今日が初めてで…」
「○○って言います!よく来られるんですか?」

そんな事を言われた気がしますし、言われていない気もします。正直に言うと正確な文言はよく覚えていません。どうやら私は目の前にいる女の子のそのあまりにもかわいい容姿に気取られてしまったようで、話し方、声、仕草、その一挙手一投足に心を奪われ、瞬く間に彼女に魅了されてしまいました。

平静を装いながら話を聞くと、

「今までアルバイトをしたことがない」
「自信がなく自己肯定感を上げたくて受けた」
「コンカフェに関しては殆ど無知に等しい」
「胸元の露出は知らなかったので恥ずかしい」
「推してくれる人が居るのか不安」

本当かどうかは分かりませんが、そのような事を言っていた気がします。仮に本当だとしたらこの店でやっていくのは大変だろうなと最初に思いました。

なぜなら宗右衛門町、心斎橋筋、東心斎橋。いわゆるミナミエリアと呼ばれるこの一帯は、日本橋エリアとはまた違った歓楽街特有の客層である事に加え、ホストが経営に携わる店に限って言えば、その客層におけるホスト関係者の割合も多くなるからです。

それ故に、全くの未経験者にとってはハードルが高いタイプの店だと思いました。実際にその日もホスト風の客にキャストが抱きつかれている光景を全員が目の当たりにする場面がありました。それを見て彼女がどう思ったのかは分かりませんが。

一時間弱の間、とにかく不安にさせないようにと話し続けました。後から考えれば、そこまで話が不得意な子でもなかったのでその心配は杞憂でした。きっと私の事を知る人達は驚くと思いますが、「これから通うよ」「めちゃくちゃかわいい」「推します」等といった『オタク一年生』みたいな薄っぺらいセリフを躊躇なく積極的に並べていました。※普段はこういう事を言わない斜に構えたオタクです。

「明日も明後日も居るので良かったら来てくださいね!」と画面がバキバキのiPhoneで出勤予定を見せてくれました。見ると結構な日数が既に入っており、初日を終えていない状態でそこまで決まっているものなのかな?と少しだけ引っかかりましたが、とりあえずまた明日来ようという気持ちがあったのもあり、深く考えずに店を後にしました。

時刻は午前5時。辺りはまだ暗く、動き始めた電車に乗る為に駅へと向かうゾンビのような人達を横目に、歩いて帰路につきました。高揚感のせいか寒さは一切感じず、さっきの余韻に浸りながら歩く私の足取りは軽く、まるで金持ちの家で飼われているボルゾイのように優雅なステップを踏んでいたはずです。

ここで先に結論から話します。

翌日、彼女が出勤する事はありませんでした。

〜fin〜

と、まぁこういうのは夜の世界ではよくある話で、決して珍しい事ではありません。ちなみに私はミナミエリアのコンカフェに限っては、夜の世界に含まれているという認識です。このまま終わっても面白くないので、一体彼女の身に何が起こったのかを考察していきたいと思います。


検証

まず考えられるケースを挙げていきましょう。

【Case.1 辞退】

自分が思い描いていたような世界ではなかった場合、自ら辞退を申し出た可能性があります。先述のキャスト抱きつかれの件の影響かもしれませんし、露出を伴う衣装のせいなのかもしれません。或いは労働条件等で折り合いがつかなかった可能性も考えられます。

【Case.2 禁忌】

例えば彼女がホス狂、いわゆるホストに通う女の子だった場合、運営と関係のある店舗で過去に何かしらの問題を起こしていた、或いは運営と対立関係にあるような店への出入りが発覚した等の理由で、採用自体を取り消されたといった可能性も考えられます。

【Case.3 身分証の不備、年齢詐称】

彼女が何らかの理由で身分証を提出出来ず、本入店に至らなかったという可能性もあります。初日は体験入店として身分証不備のまま働き、翌日に持ってくる手筈だったが持ってこれずに不採用となった。或いは身分証を偽装しており、実年齢は青少年に該当する年齢だった、等が考えられます。

【Case.4 他店に振られた】

仮に彼女がスカウトを通じて入店していた場合、初日の様子を踏まえた上で、コンカフェに在籍させるにはオーバースペックという判断で高時給のキャバクラ等に振り変えられたという可能性も考えられます。

【Case.5 アフター接待】

先述のホスト風の四人組もラストまで残っていました。もしかしたらアフターに付き合わされたのでは?という可能性も否定できません。そこで何か嫌な出来事が起き、退店するという判断に至ったのでは?という憶測です。

現実的に考えた時に可能性が最も高いのはどのケースか?


推測の鍵

※ここから文体が変わります。理由は最近のHUNTER×HUNTERの異常な台詞量を見て、言葉を羅列して推理するシーンに憧れて影響を受けたからであり、特に意味はありません。

彼女が勤務を始めたのは本人曰く21時頃で、公式のシフト上では24時になっていた。研修的なものをしていたのかもしれない。私が入店した4時の時点では店内の客数も少なく、話を聞く限り終日まったりとした忙しさだった様子。表情を見ても、慌ただしさに忙殺されて疲れているという感じには見えなかった。肉体的な辛さは理由に入るだろうか?

私がドリンクやチェキを頼んだ際、オーバーリアクションで喜んでいた様子から察するに、おそらく早い時間は他のキャストに付いてその子のお客さんと接する、みたいな事ばかりを繰り返していたのかもしれない。キャストと客、二重の気遣いで精神的に気疲れしてしまったのだろうか?

私が居た最後の時間は閉店時間だったので、その後の営業で嫌な思いをしたという事はあり得ない。先述のアフターの可能性を除けばだが。帰る間際も明日の話をしていたのでその時点で辞める意志があったようには感じられなかった。もし全てが演技ならば大したものだが、私の洞察力では見抜けなかった。そして私との接客が辛かったのでは?という可能性も否定は出来ないという事は当然書いておきたい。

彼女の発言に信憑性はあったのか?

まず『アルバイトをした事がない』という発言。もし彼女が18歳で箱入り娘だった場合、或いは部活などで物理的にアルバイトが出来なかった場合、決して有り得ない話ではない。画面の割れたiPhoneや、リタッチされていない金髪の状態を見る限り、お金を持っているという訳ではなさそうにも思える。会話から察するに上品でもなければ下品でもなく、極めて庶民的な感覚を持っている様に思えた。私服が分かれば裕福か否かを判断する材料になったのだが。ただ、会話の中で言っていたのは「この制服のようなフリフリな服は普段着ない」「スカートではなくパンツスタイルの時も多い」という発言。これはヒントになるだろうか?そもそも「アルバイトをした事がない」が嘘だとして、こんな嘘をつく必要があるのか?どう考えてもないという結論が自然だと思う。

次に『自分に自信がない』という発言。確かに女の子の中にはいくら容姿に恵まれていようが、自身にコンプレックスを抱いてしまう子はいくらでも居る。実際に彼女は控え目に言ってもそんじゃそこらのコンカフェキャストでは敵わないくらいに顔ランが高いように私は見えたし、スタイルの良さで言えばもっとレベルが高く、髪色や髪型を変えて化粧さえ学べば北新地でも通用する様な容姿レベルであった事は、個人的な好みだけではないフラットな意見として自信を持って証言したい。それでも本人からすれば自信がないという結論に至ってしまうのは、決して不思議な事ではないのも事実。真偽は判断しかねる。もし仮に自信があったとしても自信があるとは言えないだろうが。実際に話していて違和感は感じなかった。嘘くさい素振りは微塵も感じなかったが、これは私の希望的観測のせいかも知れない。

以上の点を踏まえ、今回適当と判断し得るケースはやはり【Case.1】なのではないだろうか?想像していたキラキラでかわいいコンカフェの世界とはかけ離れた生々しい現実に対峙した少女の絶望。それが一番自然な推理なのではないかと思う。ただ決定的な判断材料が無い為、その他の可能性も捨て切れないだろう。たった一時間程度の会話で人と成りを見抜くには、私では未だ力不足と言わざるを得ない。もはや真実は闇の中、手を伸ばしても届かない深淵に達してしまったようだ。


エピローグ

※ここで再び文体が戻ります

『コンカフェキャストはファンタジー』

これは私がよく使う表現です。彼女達はコンセプトカフェというファンタジーの世界で働くキャストであり、現実の彼女達自身とは乖離した存在の演者達です。

私が今回見た彼女も、ただの幻想でしかありません。私が知る○○ちゃんは、もはやこの世界には存在していないのです。現実に存在するのは、姿形が同じでも○○ちゃんとは別人である“誰か”という事になります。

今回不意に訪れた始まりは、その瞬間から約17時間後には終わりを迎える事となりました。

私は基本的には「自身の身に降りかかる全ての物事は、なるべくしてそうなっている。」という考え方なので、あまりたらればを考えたりはしません。人との出会いや別れも、きっとそういう巡り合わせだったんだなと納得してしまいます。

初めて行ったコンカフェで、まだ世に一枚も写真の出ていない初出勤の女の子に出会い、そのたった一度きりの出勤に立ち会えた数少ない客になれたと考えると、それはそれでおもしろいなと、手元に残った二枚のチェキを眺めながら思いました。

と、格好をつけてはみたものの「インスタだけでも聞いておけばよかったな…」と少し後悔している自分も居るので、現実はただの間抜けで惨めなオタクそのものです。とても格好悪い。

翌日には推しメンの『三周年スペシャルお給仕』を控えた私は、束の間の“始まり”と“終わり”が白昼夢のように頭の中を巡る中、改めて推しメンについて考えていました。ずっとそこに居続けてくれるという事のありがたみ。とはいえ彼女もいつかはこのファンタジーの世界から消えてしまうという事も。

次回のnoteは推しメンについて書きたいと思っています。少し時間が掛かるかもしれません。

今回はそんな『始まりから終わりまでの17時間の物語』についてでした。ちなみにその店の潜入レポートについては、言及しない事から察して頂ければと思います。最後にその子のチェキを載せておきます。おそらく既に一般の方なのでモザイク加工済みですが。

いつの日か再会できたなら、また新しい物語としてnoteに書きたいと思っています。それでは今回はこの辺で。

近年稀に見る逸材


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?