土佐山ゆるBBQのゆるくない規模感
土佐山での活動はワークショップだけではない。時にはノンアルコールバーを開催し、特にテーマを設けず話したりもしている。その中の一回として、民泊や飲食など観光に携わる皆さんの会を催したことがあった。催したというか土佐山アカデミーのデザインした会に乗っかっただけなのだが。
その時、定期的にゆるく集まれる場があった方がいい。という話になって、後日「ゆるBBQ」というイベントが開催されたらしい。土佐山アカデミー主催の会から飛び出して、移住者を中心とした自治によって、多くの人数を集めている。
その第二回である「ゆるBBQ」に参加させていただいた。集まったのは50名を超える人たち。移住者や移住希望者だけでなく地元の人たち、役場、メディア、他県の大学など、多様な人が集まっている。肩書きやくくりがはっきりしない、関係人口なんて呼ばれる人たちが雑多に集まっていて、場のエネルギーを感じた。
主催者は、3つの家族。土佐山で民泊兼カフェを運営(予定)のウエダ家と民泊運営のT家、タルト屋さんを開いているエリグチ家である。「ゆるBBQ」の名の通り、無理せず楽しくやろう、という趣旨だったはずが、初回からいきなり40名以上の集まりとなり、その運営は大変だったという。
BBQの肉、焼く網、ビールサーバーとジョッキ、野菜、お菓子などなど用意するべき食材、機材や、こまごまとした大量の仕事、それに場所としての家の提供。主催者の負担は膨大である。
しかし、あえて同じ場所、同じスタイルで続けることで、おなじみの会となり、人が集まる場として定着する。それに回を重ねるごとに慣れていってオペレーションも楽になるはずである、というウエダさんによって、 ウエダさん宅とその庭先が提供されている。
食器と箸は持参してもらい、洗い物とゴミを減らす、後片付けは参加者で分担する、など、運営の負担を減らす工夫が凝らされているが、大変なことには変わりない。それでもやる意義があるということなのだ。
こういった会は、家長である父が参加して、母は家に留守番し子どもの面倒を見る、というのが、土佐山での一般的なカタチとのことだったが、このBBQには、母親たちも子どもを連れて参加し、子ども同士、母親同士のつながりが生まれている。
移住希望者と空き家のマッチングがなかなかなされないという問題があり、その解決として、ママ友のネットワークが空き家と移住者のマッチングに役立つのでは、という仮説も生まれている。
土佐山での集まりといえば、草刈り後のBBQやお月見など、地域の仕事の慰労会、という機会が多いが、「何はなくとも定期的に集まる」という、できそうでなかなかできない会が、集まる人の属性や動機を溶かしていて、ボーダレスな雰囲気を産んでいた。コミュニティの形としておもしろいと思った。
山の暮らしは助け合いであり、それはこれから訪れる高齢社会日本の未来の姿でもある。税金と福祉で対処すると人手も税金も足りないところを、コミュニティのつながりでなんとかする。厚労省はこのことを「地域包括ケア」なんて呼んでいたりする。
そんな難しいことではなく、近くにいてスキルを持っている人が、近くにいる困った人とつながる。そのためにメシ食ったりする。人となりを知り、つきあいがうまれていく。別に親友にならなくてもいい。ちょうどいい距離で少しずつ気にし合う。
コミュニティを築いたり参加したりというのは、正直にいうと苦手な分野だけど、人それぞれ最低限の距離感とつきあいで生きやすくなるのであれば、未来の形として悪くないのでは?と感じた。
また、土佐山アカデミーという、移住者と地域をつなぐ役割の手を離れ、自治的にこのような会が動き出しているのもまた、とてもいいことだなあ、と、初回のノンアルコールバーを企画した1人として、BBQ会場のすみっこで思ったりした。
ありがとう!Thank You!谢谢!Gracias!Merci!Teşekkürler!Asante!Kiitos!Obrigado!Grazie!Þakka þér fyrir!