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【怖い話】 間借りの家 【「禍話」リライト30】




「…………俺、昔さ、家族で変な家に住んでたことがあってさ」


 友達のTくんが語りはじめたのは、一緒にテレビを観ている時だったという。 
 住宅リフォームの番組で、ナレーターが「家族の変化と共に変わっていく家の姿……」云々と語っているのを聞いていた彼が、すごく嫌な顔をしたそうである。 
 お前なんでそんな嫌そうな顔するんだよ、と尋ねてみると、冒頭のことを答えた。


「変な家、って、どんな家?」
「うーん……なんていうのかな…………なんか、『間借りされてる』っていうか…………」
「マガリ?」
「居候みたいな……いややっぱり、『間借り』って感じだったかな……家を貸してるようなさ」
「…………親戚の人とかが住んでたの?」
「いや」
「両親の知り合いとか」
「いや、そうじゃないんだよ。いないはずのやつが住んでたんだよね」
「…………えっ、それ怖い話……?」
「まぁ……そういうことになるかな……」
「どっかの部屋に“出た”の…………?」
「いやそれがさ……その部屋自体も、あったりなかったりしたんだよな…………」

 何だそれ。無茶苦茶こわいぞ。


 Tくんが、両親と姉の4人でその家に移り住んだのは、彼がまだ幼い頃。
 持ち家ではなく借り家で、二階建ての綺麗な家だった。
 妙な雰囲気があるとか、あそこの部屋から厭な感じが漂ってくるとか、そういうのはなかったという。金縛りにあっただの、声が聞こえただの、そんなことも一切なかった。


「最初の最初は、幼稚園の頃なんだけどさ」 


 その時Tくんは風邪をひいていて、熱にうかされながら二階の自室の布団の中にいた。
 薬を飲んで昼に寝てしまったので夜になっても眠れない。しかし熱は下がらない。 
 熱い、苦しい、ウ~ン……と眠れずにモゾモゾしていると、ふと、壁の方が気になった。
 Tくんの部屋の壁にはポスターも何も貼っていないし、大きな姿見やボードのようなものも立てかけていない。壁紙に切れ目が入っているわけでもない。だから、見間違いではないと思った。

 壁に、ドアがあった。

 …………もちろん廊下へと出るドアは別の場所にあるし、隣のお姉さんの部屋とつながっている中扉なんてものもない。
 突如として壁に、ドアが出現した格好だ。
 子供ながらにTくんは、「うわぁ、へんな夢だなぁ」と思ったそうだ。そんな場所にドアがあるわけない、ということははっきりと、頭の中で意識していた。
 突然現れたドアをぼんやり眺めながら、熱で頭がおかしくなったのかなぁ、こまったなぁ、などと考えていた。

 すると、ドアが「ガチャッ」と音を立てて、小さく開いた。
 誰かが入ってくる。Tくんはそう直感した。そして同時に、

「あっ、見ちゃダメだ」

 そうも思った。
 半分無意識のまま、顔を上に向けてドアから目を離した。
 ドアが開いていく気配がする。ゆっくり、静かに。
 Tさんは絶対にそちらを見ないように天井をにらみ続けた。しばらくそうしていたが、気づかぬうちに眠りに落ちたらしかった。
 翌朝目を覚ましてから壁を見ても、やはりそこにはただの壁しかなかった。


「…………なんか、気味の悪い体験だなぁ。やだなぁそれ」
「でも、熱で幻覚を見てたのかもしれないだろ。気になったから俺、バカにされるかなと思ったけど、姉貴に言ってみたんだ。こんなことがあったんだけど、ってさ。そしたら──」


 お姉さんも、変な体験をしていたという。
 Tさんと同じように風邪を引いて、同じように夜に寝つけなかった時のことだと語った。やはり、変な場所に見知らぬドアが現れたらしい。
 しかしTさんとは違って、そのドアが現れたのはお姉さんの部屋ではなかった。居間やキッチンでもなく、洗面所や風呂場でもなく──階段の途中に出現したのだという。


「壁にポコッとあったらしいんだよ、ドアが」


 熱が下がらないので薬でも飲もうかと階段を降りていく。自分の降りていくその少し先の壁に、ドアがあったのだという。
 えっ、なんでこんなところにドアなんて、といぶかしむ間もなく、「ガチャッ」とドアが開いた。
 その瞬間お姉さんも「あっ、見ちゃいけない」と思って、自分の爪先を見た。
 誰かが出てきた気配はあったが、それはお姉さんのいる階上へは来ず、トッ、トッ、と足音を立てながら1階に降りていった。


「……謎のドアが現れる、って家なのか……」
「ううん、それで終わりじゃなかったんだよな」


 時間は飛んで中二の夏。ひどく暑い時期だった。
 Tくんが汗を垂らして帰ってくると、入れ違いで母親が買い物に出るという。
「お姉ちゃんもまだ帰ってないから、留守番しといてね」と言われ、外に出る用事もなかったので居間にいた。
 冷凍庫からアイスを取り出して、冷房の効いた居間でモソモソ食べてから、二階に荷物を置きに行こうと階段に足をかけた。
  と。
 二階から誰かが降りてくる。
 あれっ、母親も姉ちゃんもいないし、もちろん父親は仕事だ。誰かが降りてくるはずがないんだけど、と階段の方を見ると、聞いたことのない声がした。

「こんにちは」 

 …………気がつくと、母親に抱き起こされて介抱されていた。
「アンタ大丈夫!? 帰ってきたらここに倒れてるから、熱中症だか熱射病だかだと思ってもうビックリして……!」
 確かにかなり暑い日だったが、頭がふらついたとか視界がぐるぐるしたという記憶はない。熱中症の前兆になるような感覚もなかった。
 Tさんは降りてきた人物の姿を思い出そうとしたが、そこだけ綺麗に記憶から抜け落ちている。「こんにちは」と声をかけられたことだけは覚えていたが、その声が男のものか女のものかすらわからなかったそうである。


 さらに一年ほど後、高校に入る直前のことだった。
 夜中に自分の部屋にいると、隣から聞きなれない音楽が聞こえてきた。


「クラシックをさ、オルゴールにアレンジしたような曲ってあるだろ。それが『姉ちゃんの部屋の方』から聞こえてきたんだ」
「それって、やっぱり……」
「うん、そんなのが流れてきたこと、一度もなかったんだよな。あれっ、姉ちゃんそんなCD買ったんだ、珍しいな、と思ってたら…………」


 突然、隣でドアがバタン、と閉まる音がした。
 Tくんはぎょっとして立ち上がった。そんな馬鹿な、と思いながら廊下に顔を出す。
 Tくんの部屋もお姉さんの部屋も、引き戸なのだ。バタン、と音を立てて閉まるわけがない。
 果たして隣室の引き戸からも、お姉さんが顔を覗かせていた。信じられない、といった表情だ。

「…………姉ちゃん、今の聞いた?」
「…………聞いた…………」
「クラシックのオルゴールみたいなやつと……ドアがバタン、って閉まる音……」
「『隣の部屋』からしたんでしょ?」
「うん……」
「じゃあ、私とあんたの部屋の、ちょうど真ん中から聞こえてきたんだね……」

 2人で一緒にその位置を見やったが、そこには壁しかない。だが確かにこの壁のあたりにドアがあって、それが閉まった音がした。誰かが部屋に戻ってきたかのように。 


「なんか……近づいてきてんじゃん?」
「…………それでな、決定的なことがあってさ」



 高三の夏のことである。
 学校の友達に自分の家の出来事を断片的に語っていたせいで、「じゃあそこで怖い話したら面白いんじゃね?」と言われた。
 正気か? オバケの出る現場だぞ? とTくんは思ったが、他の奴らも「おぉ、面白そうだな!」と盛り上がってしまった。
 その日のうちに友達数人がTくんの家に集まり、順ぐりに怖い話をすることになってしまったという。
「3年くらい何も起きてなかったから、まぁ大丈夫だろ、って気の弛みもあったんだろうな」と、Tくんは言った。

 家に来た友達を部屋に入れて、怖い話をしはじめた。そしてついに、トリとしてTくんの話す順番が回ってきた。
 イチから聞いていなかった奴もいるので、みんな興味津々でTくんの方を見つめる。

「…………この家でさぁ、何回か変な体験をしたことがあってな…………」
「うんうん」友達みんなが頷く。「一番最初から話してくれよ」
「…………最初は、幼稚園の時だったんだけどさぁ、」

 ちょうどその時。

「いらっしゃーい。みんな、喉かわいたでしょう?」

 と言いながら、ジュース入りのコップを置いたお盆を持って、
 全然知らない女が部屋の中に入ってきた。


 お母さんでもお姉さんでもない、見たこともない女だった。


 Tくんは反射的に立ち上がった。恐ろしくて声も出せない。
 脂汗をにじませながらとにかくその全く知らない女を追い出そうと、無言でお盆を押し、女のスネのあたりを蹴った。
 足は確かに当たったはずなのだが、なぜか当たっていないような感触がした。
 女は驚くでも抵抗するでもない。
「あらァ? ……ふふ……」
 と笑いながら、そのまま部屋の外に押し出された。
 まるで本当の母親のような態度だった。 
 急いでドアを閉めて手で押さえる。外から
「どうしたの~? 邪魔しちゃったかなァ~? ごめんなさいねぇ~?」 
 と女の猫なで声がした。

 部屋に来ていた友達も驚いていた。
 家に来た時に紹介されたお母さんでもお姉さんでもない女が入ってきたのだ。
「えっ、あれ、誰……?」
 ひとりが尋ねたので、Tくんはドアを押さえながら答えた。
「しらない……! しらないおんな……! だれか一緒におさえて……!」
 場は騒然となった。見知らぬ女がいきなり現れたのだ。共にドアを押さえようとする者、つっかえ棒か重りのようなものを探そうとする者、怖くて何もできない者……。
 その間もドアの板一枚向こうでは、「ねぇ~? どうしたの~? 大丈夫~?」と女の優しい声がする。
 Tくんと友達とで必死に戸に手をやっていると、ふっ、と、ドアの向こうの気配が消えた。いや、階段を降りていく。
 居間には姉と母親がいる。もしかして、とTくんの背中に冷たい汗が流れたが、悲鳴も騒音も聞こえてこなかった。


 女は廊下か階段のどこかで、そのまま消えてしまったのだった。


「…………熱のせいの幻覚とか、寝ぼけてたとかさ、今回はそんなもん、通用しないわけだよ。だって友達がみんな見たんだもん。全然知らないその女…………」


 その一件のせいで、Tくんの学校では「あそこの家はマジでオバケが出る」との、よくない噂が立った。
 それもあって両親はようやく、引っ越すことを決めたそうである。
「綺麗なのに妙に安くて、いい家だったんだけどなぁ」とぼやく両親に、「そりゃあ、安いだろうな……」とTさんもお姉さんも腹が立ったそうである。


 なお、以前その家で人が死んだとか、家が建つ前に恐ろしい出来事があったとかいう話は、特に聞いたことはない。


 思い出すのも怖いのだが、女が持っていたお盆もコップも、家で使っていたものではなかったそうだ。
 そしてTくんは確かに女の足を蹴って、女は引き下がったのだが、コップの中の飲み物の表面は凍ったように動かなかったことを鮮明に記憶しているのだという。



「家賃は高いけど、街中の家に引っ越してさ。いやぁやっぱり街中はいいよ。にぎやかで平和で……
 その家はどうなってるかって? 今は誰も住んでないらしいよ。人が……居着かないらしいんだよなぁ」





【終】


☆本記事は著作権フリー&無料ツイキャス「禍話」
 禍話R第9夜 より編集・再構成してお送りしました。

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