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【怖い話】崩れ神輿【「禍話」リライト73】

 妖怪や民俗学に造詣が深く、そのような類の怖い話を集めているYさんという人がいる。
「祭り覗き」「ぬりかべ」などの収集品もあるそのYさんが聞いてきた、お神輿みこしが倒れて壊れる話である。
 


 この話の体験者Aさんは若い頃、某地方を旅行していたそうだ。
 ひとりきりの静かな旅行であったが、立ち寄った町が何やら騒がしい。町の人に聞いてみると「お祭りをやっている」という。
 屋台がぞろぞろ並ぶような華やかな祭りではないようだが、住民がお神輿を担いで回っているらしい。家々を練り歩いて、玄関の前でワッショイワッショイと持ち上げたりするのだろう。
 田舎のささやかな祭りを見て心温まるのも一興かなと、Aさんはそちらへと足を向けてみた。


 あそこを曲がれば見えてくるだろう、という距離まで近づいた時だった。

「うわぁーっ!」

 男たちの叫び声が聞こえてきた。続いて、騒然としたざわつきが漂ってくる。
 何事かと駆け出し、急いで角を曲がった。


「わっ!」
 Aさんは驚いた。

 道の先で、お神輿が斜めになって壊れていた。
 バランスを崩して転倒したらしい。
 担いでいたとおぼしき男たちは地面に倒れたり尻もちをついたりしている。ぐったりと横になったりウンウンとうめいている人もいる。
 神輿の上、「囃す」役回りらしき祭事服の人は無事なようだった。しかし身動きもせず、半壊した神輿に座ったきりだ。この惨状に呆然としているのかもしれない。
 あの様子ではケガ人が出ている。重傷者もいるかもしれない。
 大変な事故のように見えた。

 だが。
 その惨状を取り囲んでいる町の住民たちは、ぴくりとも動いていないのだった。
 動きもせず叫びもせず、突っ立っているばかりだ。
 全員生気を抜かれたような表情をしていた。
 


(なんで誰も助けないんだ! 大事おおごとじゃないか!)
 Aさんはいささか怒りを覚えながら、近くへと走っていった。


 散り散りに地べたにいる担ぎ手たちはやはり、ずいぶんと痛そうな様子だった。よほど派手に転げたらしい。
 そんな中で囃し手の人は、倒れた神輿の上に腰かけたままでいる。
(もし落ちたら大変なことになってたろうにこの人、よくこんな不安定な所から落ちなかっ…………えっ!?)
 Aさんはぎょっとした。


 かしいで、壊れたお神輿に乗っているその人。
 いかにも囃し手といった華美な服を着込んだその人の、顔。

 その顔に、鋭い爪でひっかいたような大きな傷が三本、縦に走っていた。

 大変だ! すごいケガしてるじゃないか!
 思わずそう叫びそうになったが、Aさんは気づいた。

 その人には、顔がなかった。
 目も鼻も口もなかった。
 肉の色をしている顔のようなものに、ゆるやかな膨らみとへこみがついているだけだった。

 人形か、と思った。
 だが両膝の上に乗っている左右の拳はひくひくと動いている。衣装に包まれた広い肩もゆっくり、ゆっくりと上下していた。
 この傷のついた肉の顔のものは、生きているのだ。 


 Aさんはどうしたらいいのかわからなくなった。
 これを降ろすべきか? いや先に周りの人たちを? 
 救急車? 誰か呼んだのか? 
 みんなどうして何もしないんだ。いま自分が呼んだ方がいいのか? 
 
 頭の中がぐちゃぐちゃになってしまったAさんだったが。
 すぐ横からだしぬけに、怒鳴られた。


「 ありゃァなあ!  違うんじゃ! 」


 雷でも落ちたような、とんでもない大声だった。

 痙攣するようにAさんは横を見た。
 誰もいない。


 そんな、と思いながら視線を前に戻す。


 その直後だった。
 
 神輿の上にいた肉色の顔の人間が崩れはじめた。
 服から出た顔や手や足が、無理に固めていた砂のようにざざっ、ざざざざざざざざざざざ、ざざざざざざざざ、と粉になっていく。
 ものの数十秒と経たないうちに、それの体は消え去ってしまった。
 神輿の上には、中身のなくなった祭事用の衣装がぽつんと残されていた。


 Aさんは混乱しきって、後ずさった。
 地べたでは担ぎ手たちが唸っており、それを取り囲む住民たちはいまだ、棒のように立っているばかりだ。
 さっきの怒鳴り声にも、いま崩れ去った肉色の者にもまるで反応していない。
 すぐそばまで来ているAさんの存在すら、目に入っていないようだった。




 Aさんは駆け出した。救急車を呼ぶどころではなかった。
 ──ヤバいものを見たんだ。ヤバいものを見たんだ。
 そんな言葉ばかりが頭の中にこだました。


 息を切らせながら、町の端にあるバスの待合の小屋まで走り着いた。
 心臓がドンドンと鳴っているのは走ったせいばかりではない。
 ──ヤバいものを見たんだ。ヤバいものを見たんだ。
 全身に寒気にも似た恐怖を覚えながらバスを待っていると、後ろから、小さな話し声が聞こえてきた。

 待合には、バスの事務員が常駐している。
 その事務員が、知り合いの男と窓口ごしに囁き合っているのが聞こえてきたのだった。



 ──まァた、神輿に乗らしたんだって?
 ──うん、向こうから乗らしたって。 
 ──気づかんまんま、一町も担いどったって?
 ──そうよォ。はッと見たら、おったんやて。それでみぃんなワヤよ……
 ──はーァ……あんなモンが本当に縁起モンなんかなァ。
 ──やめェて……! そんなん言うけぇサワリがあるんやろが……!
 ──でもなぁ……なんぼジイさんやバアさんが、ありがたいモンじゃ言うてもなぁ……


 彼らは、そんなことを喋っていたという。



 だからあの「人」は、神様のようなものだったのかもしれない、とAさんは言う。

「でもねぇ」とAさんは青い顔で語った。
「神様だっていうアレが目の前でざざざっ……と崩れていったのと、すぐ横でしたあのすごい怒鳴り声がね、今でも頭から離れなくって。
 時々ふっとそのふたつを思い出すと、なんだか体がブルブルときて、震えが止まらなくなっちゃうんですよ」
 
 Aさんはいくぶん震えながら、話をそのように結ぶのだった。




【完】




●●●急告!!●●●
 令和の妖怪ハンター、 
 現代奇譚蒐集ジェントルマン、
「禍話」の怪談提供の要の一人である、
 余寒よさむさんのボランティアお仕事、
「怪談手帖」がついに!
 とうとう! ようやっと! 待ってました! 余寒屋ッ!!
「禍話叢書」として、同人誌になります!!



 先行発売電子版と、あとに発売される電子&紙版では収録内容が違うらしいので両方マストバイなのだ! 「なんか……アイドルが表紙の雑誌の、表紙違い版商法みたいな……」とか言う人の元には火星が来るよッ!!


☆本記事は、無料&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 シン・禍話 第三十四夜 における「怪談手帖」の朗読を、
 怖い部分の髄を変えないよう自分なりに咀嚼してリライトしたものです。
 収集者である余寒さんの文章がアリガタイご本尊ではありますが、
 それとはまた違った味わいが出ていれば幸いです。


12月29日から3日連続放送した禍話……えっ? 正気? 今年の初回放送は1月2日です。えっ、三ヶ日も明けないうち?
 それはともかくアーカイブから基本情報、マニアックなネタまで網羅してある禍話wikiはここにあります。今年もやっていくらしいのでどうかよろしくお願いいたします。
 https://wikiwiki.jp/magabanasi/%E7%A6%8D%E8%A9%B1%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6

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