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女神の疾走

 オフィスの床、倒れてうめく男たちと白い粉のパケ。
 窓際で詰め寄られたラッキー・ジムが震えている。
「れ、令状もなしに、警官が、こんな……」
「うるさいバカ」
 ミアはジムを蹴った。
 後ろの窓が割れる。ドサッと音がした。
 通行人の悲鳴。

 彼女はふぅ、と息をついてから俺を見た。
「終わりまひた!」
 黒縁メガネの奥の顔は真っ赤だ。
 右手に俺の銃、左手にはウイスキーの瓶。

「あ、あぁ。そうだな」
「次、行きまひょう!」
「次?」

 男たちやパケを踏み越えてミアは室外へ、階段を下りていく。

 追いかけた。ビル裏に置いた俺の車。ミアは運転席へ。俺は迷ったが一旦、助手席に回る。
 
 車に乗るとミアは瓶に口をつけていた。ゴッゴッと喉が鳴り、瓶はカラになった。
「ぷぁ」
 瓶をダッシュボードに投げ、代わりに書類の束を掴む。
「えっと次は」
「あのな」俺は静かに諭す。「お前は俺の人質だ。手伝いなんて」
「レオ先輩!」
 ミアは俺の鼻先に書類を突きつけた。
「この龍のタトゥー男! 洗濯屋! リー婆さん! 全員悪党でしょ!」
 書類がどいたと思ったら目の前に銃口。
「全部潰せば、奥様の仇討ちもできて街も平和でしゅよ! ねっ!」
 左の手の平が出る。
 右手の銃が揺れている。
「ねっ?」
 俺はキーを置く。ミアはニコッと笑った。
「じゃあ近場から行きましゅ!」
 キーが回りエンジンが唸る。車は猛スピードで走り出した。

 狭い道を飛ばしていく。
「でも、お酒ってこんなにイイものだったんれふねぇ」
 酔っているが運転は綺麗だ。さっきの乱闘でも一発も撃たずに制圧。「大変な才女」との署長の話は本当らしい。
「私はじめて飲んで、元気出ちゃって! ほら、いつもは証拠だの令状だの面倒で、あっ」
 急停止した。
 長い塀と門がある。
「どうした」
「ここ、あのクソ弁護士の家ですね」
 ミアはドアを開いた。
「ちょっと殴ってきます」
 待て、と言う前にミアは駆けていた。長い黒髪が揺れる。
「すぐ戻りますから!」
 塀を蹴り高く飛び、向こう側に消える。



【つづく】


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