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【怖い話】 だぁれ? 【「禍話」リライト48】

 町の変なところに、公園がポツンとできていたりする。
 この区画なら家かアパートでも建てればいいものを、と思えるような場所に、公園がある。
「ここに公園かぁ。まぁこういう憩いの場があるってのは、悪くないかな」
 そんなことを考えつつ中を覗くと、遊具がなかったり、手入れがされていなかったりする。
 あるいは誰も遊べないくらい、異様に狭かったりする。

 この公園、どういう理由で作られたんだ? 
 そんな風に、いぶかしく思うことはないだろうか。

 今回は、そういう公園の話である。
 



 成績が、抜群によかったそうだ。
「わたし、どことなく愛嬌があるとか声が優しいとか以前から言われてて。話をするのも好きですし……天職ってやつなんでしょうか」
 Nさんは当時、営業職に就いて3年足らず。しかしかなりの売り上げを誇っていた。
 どんな品物を扱っていたのかは聞かなかったのだが、おそらく法人向けではない。家を個別訪問して、化粧品や健康食品などを売っているような感じだ。
 穏やかな物腰で主婦やお年寄りに丁寧に説明する姿が目に浮かぶ。そんな柔らかい雰囲気のある女性である。

 そのNさん、「まだ日も浅いのになかなかやるなぁ」と年上の人たちからも目をかけられていたそうだ。
 それが原因で同期や先輩にイビられることもなかった。いわく、大変によい職場環境なのだという。うらやましいことこの上ない。

 そんなある時、上司に相談された。
「ちょっと遠い場所なんだけど、営業成績が伸び悩んでる地域があるんだよね」
 Nさん一度、行ってみてくれる? 
 まだ新人の域なのに頼られていることがとても嬉しく、二つ返事でOKした。

 そこは「ちょっと遠い」の言葉通り、電車か車を使っても結構な時間のかかる距離にあった。ほとんど田舎といってもよい土地だ。
 Nさんは車を持っていない。電車で行くことにした。
 駅からも少し離れた場所で、山の手の方にあるという。
 Nさんは現地調査も兼ねて、駅に着いてからはバスなどは使わず、歩いてみることに決めた。
「そのあたりの空気を吸っておくと、どういう感じで話せばいいのか、わかる気がするんですよね」 
 古い家の立ち並ぶ、団地の多い地域だそうである。


 朝から電車に乗り、10時前には駅に着いた。
 念のためバスの時刻表を見ると、一時間に1、2本しか出ていない。やはり歩くのが正解なようだ。
 歩を進めていくと、人通りが少なくなっていく。お店も減っていく。
 目的地周辺の住人はたぶん、自家用車で駅前まで買い物に来るのだろう。
 こういう場所は全然ダメか結構イケるかのどっちかだなぁ。住んでる人たちの気質にもよるけど……
 当該地域に到着したNさんは、ヨシッとおなかに力を入れた。「がんばるぞ!」とカバンを持ち直して、家を巡りはじめた。
 

 Nさんの営業は、「結構イケる」の方に出た。
 結果そのものはそこそこだったが、手応えはあった。住人たちの反応もよかったし、つっけんどんな扱いもほとんど受けなかったそうだ。


 数時間かけてかなりの軒数を回り、いい感じの感触を得られた。 
 Nさんは満足していた。上司の期待にも応えられそうだし、言い方は下品だが「穴場」がゲットできた嬉しさもあった。

 幾十件目かのお宅を出てふと見ると、空が赤く染まっていた。 
 子供たちがヤァヤァ騒ぎながら帰る声が遠くから聞こえてくる。もう夕方なのだ。黄昏時というやつだ。
 家回りのセールスは嫌がられる時間だった。Nさんはここで切り上げることにしたのだという。


 いやぁよく回ったなぁ。でも好感触でよかった。
 Nさんは心地よい疲労感に包まれていた。
 ただ心地よいとは言え、疲れは疲れだ。このまま駅まで歩いて戻るのは嫌だった。
「少し休みたいなぁ」
 そう考えてぐるりを見渡してみたものの、Nさんは困った。
 ファミレスやコンビニなどが見当たらないのだ。団地と、家と、田畑ばかりである。
 来た道を思い返しても、駅近くまで休憩できる建物はなさそうに思えた。
「あらー、参ったなぁ。15分くらい座れれば、それでいいんだけどな……」
 歩きつつきょろきょろ見渡してみる。

 すると。
 ぽつん、と公園が現れた。

 小さな公園だ。遊具も最小限で、あとは砂場しかない。ベンチがひとつある。
 公園のそばには自動販売機もあった。休息をとるにはおあつらえ向きだった。
 よかったよかった。コーヒーでも買って、あそこに座ろっと。
 

 今から思い返せば、妙な公園だった。
 遊び場所の少ない地域だ。子供たちや親子連れ、あるいは散歩中のお年寄りがいてもおかしくない時間帯である。
 それが、誰一人としていなかった。
 近くを通りすがる人すらもいなかったそうだ。
 

 陽が沈んでいく公園のベンチで一息つくと、思ったよりも疲れていることがわかった。
 思い返せば朝早くに出て今まで休憩なしだった。そりゃあくたびれるなぁ、と彼女は思う。しかも未知の土地だ。気疲れもする。
 赤く染まる風景を見やりながら缶コーヒーを飲んで、そういえば子供の頃こんな団地に住んでたなぁ、と過去に思いをはせたりした。
 がんばって働く日々の中で、久しぶりにぼんやりした時間が流れたのだという。


 ふっ、と目が覚めた。
 3分か5分か、少しだけうたた寝をしてしまったらしい。 
 あ~ビックリした。さすがに疲れちゃったんだなぁ。コーヒーこぼさなくてよかった。

 まだ眠気の晴れない頭でぼんやり考えていると、



 かーごーめ かーごーめー
 かーごのなーかの とーりぃはー


 声がした。
 ベンチのすぐ先からだ。
 Nさんは目を上げた。

 数メートル先の砂場の中、子供たちが6人ほど、手を繋いでぐるぐる回っている。
 その真ん中には子供がひとり、顔を手で覆ってしゃがんでいる。 

 小学校低学年から中学年くらいの男女が、声を揃えて「かごめかごめ」をしているのだった。 

「あれっいつの間に。しかし『かごめかごめ』とは、えらい古風な遊びをしてるなぁ」Nさんは思った。「今時の子なら、ゲームかネットだろうに」



 いーつー いーつー でーやぁるー
 よーあーけーのー ばーんにー 



 夕陽を向こうにした子供たちの輪が回る。それにつれてNさんの顔に陽光がかかったり、遮られたりする。
 外で遊ぶのはいいけど、わざわざ私のすぐ前で遊ばなくてもいいのになぁ。
 Nさんは光と影でチカチカする目をしばたかせる。
 子供たちの遊びをじっと観察しているのもヘンかなと思い、視線を落とした。手元の缶コーヒーを意味もなく眺めて、成分表を読んでみたりする。
 ゆっくりできなさそうだ。これから子供たちがもっと騒ぎそうだし、これを飲み干したら帰ろう。
 そんなことを考えていた。



 つーると かーめが すーべったー
 うしろのしょうめん だーぁれ 



 そこで、ぱったりと無音になった。

 あれっ。確かこれって、しゃがんでる子が後ろにいる人を当てる遊びだったよね。「○○ちゃん!」とか、「○○くん!」とか……

 Nさんは不審に思って顔を上げた。



 子供たちは全員、Nさんの方を見ていた。
 回っていた子もしゃがんでいた子も、顔をこっちに向けている。


 えっ、どうしたの。
 Nさんはビクッと驚いた。

 露骨に身体を震わせたのに、子供たちは反応しない。ただ黙っている。
 大人へのイタズラにしても、誰も笑っていない。怒ってもいないし、得意気な表情でもない。 

 夕焼けが公園を赤く染めている。
 子供たちは、まるで感情のない顔をしていた。
 口をぴったり閉じている。からっぽな目つきで、こちらを見つめている。


 うわぁ、ちょっと、気持ち悪い。どういう状況なのこれ。
 こっちの地域独特の遊び方……そんなわけないよなぁ。
 イタズラにしてはイタズラらしさがないし、みんな黙ったまんまだし。 
 この子たち一体、私にどうしろって言うんだろう…………
 

 双方黙ったまま、しばらく向かい合っていた。
 子供たちは無表情のまま、Nさんを見つめ続けている。
 どうしたらいいんだろう、と怯えつつ困っていたNさんだったが、突然。
 彼女の脳内に、ひとつのイメージが浮かんできた。
 考えようとか想像しようという意思はなかった。勝手に脳裏に浮かんだのだという。


 イガグリ頭の男の子の姿だった。
 漫画の絵柄のシャツを着ている。
 背の高さや顔つきからして、小学校低学年くらいだ。
 これといって特徴のない、ごく普通の小学生に思える。
 
 そんな一人の少年の姿が、Nさんの頭の中にいきなり出現した。
 見る限りこの子は、集団の中にはいない。
 過去にも現在にも、こんな男の子と会ったことはなかった。全然知らない子供だ。
 この子が誰なのかさっぱりわからない。


 ──もしかして、この子のこと?
 この子のことを、「だぁれ?」って、聞いてるの? 

 彼女は理由もなくそう感じた。 
 でも、と困惑は続く。
 求められているのがこの子だとしても、わかるのは容姿だけだ。 
「かごめかごめ」で言わなければならない、肝心の名前がわからない。
 胸にネームプレートはない。服に名が書いてあるでもない。
 頭の中のその子はただ黙って立っている。名乗ったりもしない。
 これじゃあ伝えようにも伝えようがない。
 そう思っていると。 


「だぁーれ」


 子供たちが声を揃えて、そこだけを繰り返した。
 さっきよりも声が大きくなっている。


「だぁーれ?」


 もう一度聞かれた。
 問い正すような調子だった。

 この子たち、怒ってる?
 名前を言わないから?

 Nさんの身体がこわばった。今にも全員がこちらに迫ってくるような気がした。


「だーぁれ?」


 子供たちの語気だけが強くなる。
 無表情のまま、声だけが怒りを含んでいる。

 恐怖が頂点に達した。 
 Nさんは思わずこう言ってしまった。


「こ、こんな子知らないから私!」



 
 キイッ。
 どん。

 公園の外でブレーキ音と、重いものがぶつかる鈍い音が響いた。 

「えっ」
 Nさんは思わず立ち上がりベンチを離れた。
 事故だ。
 交通事故だ。
 公園から出た。すぐ目の前にタクシーがある。急に停めたような位置だ。半分歩道に乗り上げている。
 運転手は中年の男だった。窓ガラス越しに真っ青な顔が見えた。前を向いたままハンドルをぎゅっと握って、口が開いている。自分が起こしてしまったことに呆然としている様子だ。 

 その少し先の路上に、男の子がうつぶせで倒れていた。

 Nさんは「あっ」と叫んで子供に駆け寄った。さっきの音と車との距離を考える。かなり強くはねられたようだ。
 男の子は路面にべったりと顔をくっつけて、力なく横たわっている。
 声をかけるまでもなく、意識がないのがわかった。
 抱き起こそうと腰をかがめようとした。
 小さな体の下から、赤黒い液体がにじむように流れ出てきた。
 大変だ。血を止めないと。応急処置を。いや先に救急車? 運転手はあの様子だ。私が電話を? でも先に血を。どうすればいいんだろう。あぁ可哀想。どうして。どうしてこんな子供が車に。


 その時、Nさんは気づいた。
 

 この子のシャツを、どこかで見た。いや、見たんじゃない。
 それにこのイガグリ頭も、さっき。
 この子、さっき頭の中に浮かんだ子だ。
 うつ伏せで顔は見えない。でも服装も背丈も。
 いや、でも、そんなことが。

 だかNさんには、「この子をあお向けにすると、さっきの男の子の顔が現れる」という確信があった。
 理由などない。ただそうだとわかった。



「だーぁれ?」



 公園の中から声がした。
 Nさんは振り向いた。
 子供たちが首の向きを変えて、自分の方を見ている。



「だーぁれ?」



 こんな事故が起きているのに誰も動かない。さっきと同じことを繰り返している。
 夕焼けを背にした子供たちの顔はほとんど見えなかった。だがさっきと同じ、虚ろな顔のままだろうと思った。



「だーぁれ?」



 子供たちは執拗に言う。
 Nさんは、どうしたらいいのかわからなくなった。
 子供たちはあそこで立ったままでいる。
 はねられた子供をこのままにはしておけない。
 でもこの子の「顔」を見たら、とんでもないことになりそうな気がする。
 救急車を呼ぼうか。大きな声で助けを呼ぼうか。タクシーのおじさんは、あんな様子じゃ頼れないし──

 グチャグチャな思考のまま、タクシーの方に目をやった。

 運転席の窓が開いていた。
 気がつかなかった。いつの間に開けたんだろう。
 運転手のおじさんが、ようやく落ち着いたんだ。
 あぁやっと、この状況をどうにかできる。
 Nさんはすがるように、運転席に目をやった。


 運転手の顔には、表情がなかった。
 焦りも驚きもなく、一片の感情もなかった。
 運転手はぬっ、と窓から身を乗り出した。 
 死んだ魚のような目をしていた。
 そしてNさんをじっと見ながら、口を大きく開けた。



「 だーぁれ? 」



 運転手はそう叫んだ。






「大丈夫ですか?」
 揺り動かされた。
 ハッと反射的に手をついて身を起こす。 
 彼女はさっきのベンチの脇で、うつ伏せで倒れていたのだった。
「救急車を呼びましょうか?」
 そばには見知らぬおじいさんが膝をついている。近くにリードをつけた犬が座っていて、その横には奥さんらしきおばあさんがいた。夫婦で散歩の途中らしい。
「あっ、いえ、はい……大丈夫、です。すいません、ありがとうございます」
 顔やスーツや膝についた土を払い落としながら立ち上がった。 
「ちょっとあの、具合が」と言いつくろおうとして思い出した。そうだ、さっきの事故が。子供がはねられて。
 急いで公園の外に目をやった。

 そこには、何もなかった。

 車もなければ、あの男の子も倒れていない。
 さっき「かごめかごめ」をしていた子供たちの姿も、どこにもなかった。
 

 ……なんだったの?
 力が抜けて、ベンチに座り込んでしまった。
「大丈夫?」おばあさんがNさんの動揺を察したように近づいてきた。「貧血とか?」
「ええ。少し、あのう、疲れが……」
 子供やタクシーの話を信じてもらえるとは思えない。適当な返事でごまかしていると、おじいさんの方がさっきの自販機から冷たいジュースを買ってきてくれた。ありがたくいただいた。
 本当に大丈夫ですか? とおじいさんに問われたので、「大丈夫です、ありがとうございます」と重ねて答えた。
「若いけどねぇ、あんまり根詰めて働いちゃダメよ」
 おばあさんが静かに優しく言う。ご迷惑をおかけしてしまってすいません、と答えた。
「……あの、違ってたらごめんなさいね」おばあさんは言った。「あなた、こちらにはセールスか何かでいらしたの?」
 服装や持ち物から察したのだろう。Nさんは頷いた。
「ええ、そうなんです」
「ああ、そうなの。きっとはじめていらしたのね」
「はい、今日がはじめてでして。電車で来たんですが」 
「そうなのねぇ。まだ若いのにこんな田舎の方まで。営業のお仕事も大変なのねぇ」
 おばあさんは柔和な笑みを浮かべた。
 そしてそのままの笑顔で、こう言ったという。

「でもねぇ、ここの公園、二度と使わない方がいいですよ」 




 どうしてなのかは、聞けなかった。


 その後も何度となくこの地域に足を運んで営業して回ったが、おばあさんの言う通りに、そこの公園は二度と使わなかったという。 


「そばを通ることくらいはあったんですけどね。ちょっと怖かったけど。
 でもね、いつ見ても遊ぶ子供や休んでる大人の姿は見なかったですねぇ。
 やっぱり、ちゃんとわかってるんでしょうね。住んでる人たちみんな。
 あそこはよくない公園だ、よくないことが起きる場所なんだ、って…………」



 Nさんはそう言って静かに、話を結んだのだった。




 あなたの町にも、そういう公園は、ありませんか?







【完】

☆本記事は、無料&著作権フリーのツイキャス「禍話」、 
 震!禍話 第八夜 より、編集・再構成してお送りしました。

☆☆「禍話」が出演してしまったメ~テレ制作、戦慄のホラードラマ「心霊マスターテープ2 ~念写~」は12月の中旬より放送! 
  それはそれとして 禍話wiki はジャンジャンバリバリ大当たり開店中です!!

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