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【怖い話】 手を握る娘 【「禍話」リライト43】


 怖い話を集めているCさんが、バイト先の後輩に「なんか怖い体験、ない?」と尋ねてみて、聞かされた話である。
 その後輩くんが小学生の頃の体験だそうなので、今から20年近く前のことになる。



 盲腸か何かのちょっとした手術で10日ばかり、地元の小さな病院に入院することになったそうだ。
 繁忙期でもなく、入院患者もごく少ない。他に誰もいない大部屋に入ったらしい。
 大病でも難しい手術でもないので、共働きだった親も入院日と退院の日にしか来てくれないことになっている。
 翌日からおじいさんが同室となったが、まぁ、おじいさんなので話が合わない。「君と同じ年頃くらいの孫がおって」とか、「見舞いにも来てくれん」とか言われても相槌くらいしか打てない。
 就寝時間も早く、ご飯もおいしくない。田舎なので内にも外にも、面白いものはなんにもない。
 短期間とは言え毎日が退屈になりそうで、寂しかったそうである。
「マンガも限りがあるしテレビも面白くないし、どうしようかなぁ、いやだなぁ、なんて思ってたんです。入院の初日から」
 そしたらね、と彼は言った。
「2日目の夜に、いきなり現れたんですよね」


 夜中、ふと目が覚めた。
 誰かに手を握られている感覚があった。
 お母さんかな、と思った。柔らかくてすべすべした、女性の手だったからである。
 目を開けると病室は真っ暗だった。
 こんな時間に母親が見舞いにくるはずがない、と震えながら、手の先を見た。

 見たこともない綺麗なお姉さんが、自分の手を握っていたそうである。
「モデルみたいなすんごい美人ってわけではないんです。雰囲気が柔和で、かわいらしい感じのお姉さんで。表情もとても優しくて」
 今から思い返すと、高校生か大学生くらいの人だったように思える。
 看護師さんじゃないの? と尋ねると、彼は首を横に振った。
「ナース服じゃなかったんですよね。なんていうか、私服でした。普通の若い女の人の私服で、それこそお見舞いに来た時みたいな地味めな格好でしたね」
 その人が彼の手を包んで、握ったり揉んだりしてくれていたという。
 
 知らない女性が夜中に寝床の脇にいて触ってくる、という状況はおそろしい。
 いくら田舎の病院とは言え、患者や深夜の見舞い客をうろつかせるほどゆるくはないだろう。
 つまり、夢でもない限りこの女性は幽霊なのだ。
 しかし彼は怖いとは思わなかったそうである。


「そりゃ、最初は『うわっ、誰!?』と思いましたよ。でも、手の平があたたかくて、手つきが丁寧で……それに、微笑んでたんですよねその人。不気味な笑顔じゃなくて。慈しみ、って感じの笑顔で」


 一日の退屈さ、ひとりぼっちの寂しさ、ごく軽く短い入院とは言え病院にいるという不安感を、お姉さんの手の平の柔らかさと温もりが和らげてくれるような気がした。
 夜中に目覚めた夢うつつの感覚も、恐怖を曖昧にしてくれていたかもしれない。


「まだ小学生ですからね。ああ、なんか嬉しいなぁ、って感じでしたね。この人、見守ってくれてるんだ、励ましてくれてるんだ、とそう思ったんですよ」


 手の感触で目覚めて数分すると、またとろとろと眠気がやってきて、彼は眠りに落ちた。



 お姉さんはそれから、毎晩やって来たそうである。
 毎日同じように、真っ暗な深夜にふと、手を触られる。
 目を覚ますと、ベッドの脇にお姉さんがいる。
 彼女は微笑みを浮かべながら手を握って、指や甲を揉みしだいてくれている。
 あぁまた来てくれたんだ、と思っていると、眠くなって、寝てしまう。
 その繰り返しだったそうだ。

 このお姉さんは誰なのだろう、と思った。
 ただの夢なのだろうか。それにしては手に残った感触や温かみがリアルすぎる。
 夢でないのなら、オバケであることは間違いない。
 ということは、この病院には女の人の幽霊が住み着いているのだろうか。
 そこで4日目の昼間、看護師さんにそれとなく、遠回しに尋ねてみたそうである。
 具体的にどう尋ねてみたのか記憶はあやふやだが、おそらく「夜中に人がいるみたいな感じで」とか「カーテン越しに人影が」などと言ったのだろう。
 その時病室にいたのは婦長さんだった。「あぁー、そうそう」と彼女は言った。
「ここねぇ、オバケが出るんだよね。女の子だと思うんだけど……」
 怖がらせるような口調ではなく、ごく当たり前のような口ぶりだった。
 夜中にウロウロするだけだから、寝てれば大丈夫だよ。全然悪さはしないオバケだから、君も気にしないで早く寝ちゃった方がいいよ。夜ふかしなんかしちゃダメだからね!
 そんなお説教まがいのことを言われて、話は終わった。


 やっぱりお姉さんのオバケはいるんだ、と不思議な自信がついた。
 夜に手を握ってくれるあのお姉さんは、夢や幻覚とかじゃないんだ。
「怖さよりも嬉しさの方が勝りましたね、断然」
 胸にポッと火がともったような気持ちになったという。


 朝も昼間も夜も退屈で、深夜のその数分だけが楽しみな入院生活はあっという間に過ぎ去った。
 退院を翌日に控えた夜、彼は布団の中に入って考えた。
「お姉さんに会えるのも、今夜で最後なんだなぁ。今夜もしも来てくれなかったら、お別れも言えないな……って」
 お姉さんの幽霊はまるで怖くない。ただ、彼女が現れてくれないかもしれない不安だけがあった。
 今日も来てくれるかな、来てくれたらいいな、と願いながら、消灯時間が来た。
 彼は布団をかぶってモヤモヤとしていたものの、そのうち寝てしまった。

 
 どれくらい眠りの世界にいただろう。
 手をギュッ、ギュッ、と握られる例の感触で目が覚めた。
 ああ、来てくれたんだ。
 胸に広がる喜びを感じながらベッドの脇を見ると、果たして昨日も、一昨日も、その前も来てくれていたお姉さんがそこにいた。
 物静かそうな顔つき、綺麗な髪、優しい微笑、シックな服装。伸ばした手は彼の手を包み、ごく弱い力で握ってくれている。最初の日から何も変わらない姿と行動だった。
 嬉しさのあとは、寂しさがわき上がってきた。お姉さんとは、もう今夜でお別れなのだ。
 言わなくてはならない。
「あのう……ぼく……明日……退院するんです」
 はっきり声に出せたかわからないが、途切れ途切れに彼女にそう伝えた。
 お姉さんは相変わらず優しく微笑むだけだったけれど、少し頷いたように見えた。
 手を、いつもより強く握ってくれている気がする。
 ぽんぽん、と手の甲を叩いてくれさえした。
 柔らかな表情で黙ったまま、「あぁ、そうなんだね。よかったね」と言ってくれたようだった。
 わかってくれたんだ、と思った。
 おだやかなような、それでいて切ないような気持ちが心に沁みこんできた直後、眠りに落ちたという。



 翌日は、昨晩の出来事を思い返す暇もなく、起きたらすぐに退院の準備をしなくてはいけなかった。
 早々に親が来た。同室の老人や医師や看護師にお礼回りをした後、今後の注意事項や説明があるとかいうので親は病室を離れた。
 空になったベッドのそばでぼんやりと両親を待つ。
 人生はじめての入院だったが、終わってみれば実にあっけないものだった。
 とは言えあの不思議なお姉さんのことは、たぶん一生忘れないだろうなと思った。
 綺麗な顔に浮かんだ優しい微笑みと、手の感触が思い出された。 

 そこに、婦長さんがやって来た。「ここには女の子のオバケが出るんだよ」と教えてくれた、あの婦長さんである。
 退院おめでとう、ありがとうございます、といった通りいっぺんのやり取りを済ませてから、婦長さんは声を落として彼に言った。 
「ねぇ……大丈夫だった?」 
 そこから身をかがめて、もっと小声になった。
「昨日、夜勤だったからさ、夜に見回りに来たんだけど……ベッドの脇にあの女の子がいて、君の手を握っててさぁ……」
「あぁ、あのお姉さん」
 昨日の夜の出来事は、夢ではなかったのだ。お姉さんは本当に来てくれたのだ。
 彼はなんだか嬉しくなってしまった。
「そうなんです。ああいう感じで夜に出てきて、僕の手を握ってくれてたんです」
「えーっ…………君あれ、怖くなかった?」
「最初の日はビックリしましたけど、優しい感じでしたし……」
「本当に怖くなかったの?」
「怖くなかったですよ」
「首がないのに?」




 ──婦長さんいわく。
 その病院に出る女の子の幽霊は、首がないのだという。 
 女の子の服装の、首から上がかき消えたようになくなっている幽霊がうろつき回って、時々看護師や医師を驚かすのだそうだ。
 その姿を目撃した人の誰もが、首がない姿しか見たことがないそうである。



「…………婦長さんの言うことに一瞬ゾッとしたんですけど、でもたぶんあれって、僕にだけ見えてたんだと思うんですよね。
 だってあれだけ優しく、毎日手を握ってくれたわけですから、なんて言うか、心が通じあった、みたいな……
 幽霊と人間の間にもそういう風に、感情が通うことって、あるんじゃないかなぁ…………」

 彼はそのように話を締めくくった。





 だが。
 この話を聞いていたCさんは、違うことを考えたという。


 怖い目に遭った人間がその瞬間失神したり、数秒から数分ほど気を失うようなことはままある。 
 現場から逃げ出した直後から逃げた先で気がつくまでの記憶がごっそり抜け落ちていることもあるそうだ。 
 それにとどまらず、時にはまるで違う記憶を捏造したりもするという。 

「夜中にベッドのそばにいて手を握ってくる、女の服装をしたモノに、首がない」
 体験者の彼は、その事実に耐えきれなかったのではないか。ましてやまだ小学生である。
 ありもしない「優しく微笑む、綺麗なお姉さん」の顔を、頭の中で作り上げてしまったのではないだろうか。
 お姉さんが手を握るばかりで一言も発しなかったことも、それで一応の説明はついてしまう。首から上がないのであれば。


 しかしそれを言うと、
「彼の手を優しく握ってきた」
「それが毎晩続いた」
「退院すると告げた夜は、より強く握ってきた」
 という行動に、別の解釈が生じてしまうかもしれない。


 Cさんはその考えは披露せずに、ただ黙って聞いておくことにしたのだという。
 だがCさんは、たぶんそっちの考えの方が正しいんだろうな、とぼんやり思っているのだそうだ。




【完】



☆本記事は、無料×著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 魁!オカルト塾 第1回 より、編集・再構成してお送りしました。


☆☆作業のお供に……眠れない夜に……しんどい毎日に……金欠な日々に……お子さんの情操教育に……
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