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【怖い話】 トイレの吉田さん 【「禍話」リライト28】



 家のトイレにおばけのようなものが出ることは、 この話 でもうご存じかと思う。
 しかし、家のトイレでなくても、おばけのようなものは出る。



 飲み会なのに、帰りの運転手役を仰せつかってしまったAさんの話。


 ガヤガヤと騒がしい大衆酒場だったそうだ。
 みんな酔っぱらってすごく楽しそうなのだが、運転係の自分だけ、酒が飲めない。
 全員箸が転がっても笑う、みたいな泥酔状態なのに、俺だけシラフ。つまらない。
 そんなわけで、Iさんは席を離れてトイレへ行き、個室に入った。
 便座に座って「なんか面白いニュースでもねぇかなぁ」とスマホをポチポチやっていた。

 しばらくネットを眺めていると、ふと視線を感じた。
 えっ何? のぞき? ここ男子トイレだけど? と左右や正面の戸、仕切り板のない上部に目をやってみる。しかし誰も覗いていないように見えた。
 はて、じゃあこの視線はどこから来ているのか、と改めて正面を向いてみた。

 ロックしているトイレのドア。その蝶番のついている部分。そこに、ほんの5ミリもない隙間がある。
 そこから男の目が覗いていた。
(ウェッ! 気持ち悪い…… 誰だこれ……?)
 数ミリほどなので服装も顔つきもわからない。でもなんとなく、中年の男らしいことはなんとなくわかる。自分より年上だ。
 もちろん今日一緒に来ているメンバーではないし、全然知らない奴だ。
「…………な、なんですかっ? なんか用ですかっ?」
 怖かったが、Iさんは顔をしかめながら聞いた。
 すると男はIさんをじーっと見つめながら、こう言った。

「おれの悪口とか、してもいない失敗談とかを、いまSNSに書き込んでいるのか?」

「………………はい?」

「おれの悪口とか、してもいない失敗談とか、おれの言っていたことを、SNSに書き込んでいるのはお前か?」

 …………なんのことやらさっぱりわからない。

「……いや、あの、俺ちょっと、あなたのこと知らないんですけど、人違いじゃないですか?」

「おれの悪口とか、してもいない失敗談とか、やってもいないことをさもやったかのように、SNSに書き込んでいるのはお前か?」

「……いやいや、なんなんスか? 俺ホントあなたのこと知らないんですよ。名前も何も知らないのに」

「吉田だよ。おれの名前は吉田だよ」

 男は律儀にも名乗ってきた。
 Aさんは心底呆れつつも、「いや、別に名前を知りたいわけじゃないんですけど……」と返事をする。
 すると男はさらに畳みかけてきた。

「ほら、もう名前を知ったんだから、これから書き込むということだな? つまり新参者だな? 新参者だなお前は? おれの悪口を書いている奴らの中では新参者なんだな?」

「……あのねぇ、俺、あなたの名前だって今知ったばっかりだし、あなたのことなんて全然知らないんですよ。ですから……」

「俺の名前は吉田だよ。水道工事の仕事をしているんだよ。出身はこの県でな、生まれた年は……」

 中年の男は事細かに自己紹介をはじめた。

 あーもうこれ、アタマおかしい人か、尋常じゃなく酔っぱらってる人に絡まれてるんだ。Iさんは考えた。
 カギはしっかりかけているので押し入られる心配はないが、おっかないので外には出れない。何をされるかわからない。
 店内にいる友達に連絡しようにも、泥酔しているから頼りにならなさそうだ。

 どうしようか、困ったな、と思案していると、ガヤガヤ話をしながら男が数人、トイレに入ってきた。
「あの娘いいよな、名前なんだっけ?」「マジでイケっかもしんない」「やべ~! お持ち帰りありえるわ!」
 声や口調からして、若いヤンキーが3人ばかり、連れションに来たらしかった。合コンでもしているのか、女の子の話ばかりしている。 
 外が騒がしくなってAさんは少しばかりホッとしたが、ふと、おかしなことに気づいた。

 中年の男──吉田──は、個室の仕切りにベッタリ貼り付くようにしてこっちを覗きながら、ぼそぼそ喋っている。
 そんなオッサンがいたら、酔った勢いでちょっかいを出してみたり、あるいはトイレの中が変に気まずくなったりするものだろう。
 ところがヤンキーたちは、まるで中年の男なんてそこにいないかのように普通に歓談しながら用を足している。
 男を避けたり、存在に触れないようにしている気配が一切、ない。


 あれっ、もしかして。
 この男って、俺にしか見えてないのか?

 そう思って再度、ドアの隙間から覗いている「吉田」の目を見た。
 すると「吉田」は、Iさんをじっと見つめながら、こう言った。

「な? お前はおれのことが見えてるんだよな? ということはもうすでにそういう段階になっているんだよな? もう俺を嫌っているよな? 
 だからお前は今からおれの悪口を書き込むんだよな? 書き込むまではもう時間の問題だぞ? いま書き込むつもりだろう?
 お前はもう書き込もうとしてるだろう? ほらもう書き込むんだろう? ほらもう書き込むぞ? 書き込むぞ? 書き込むぞ?」


 ………………………。


「………………たっ、たすけてーーーーーっ!!!!」


 Iさんは外のヤンキーの皆さんに向かって叫んだ。


「何だ?」
「えっ、どうしたん?」
「店員呼ぼうか?」
 ドアを開けると、心配そうな顔をした、いかついお兄さんたちがいた。
「吉田」の姿はなかった。

「い、今、変な男がそこにいなかったです?」
「いなかったけど……? 大丈夫? 飲みすぎ?」
「…………大丈夫大丈夫。ありがとう……」
「ホント大丈夫?」と心配してくれるヤンキーたちにお礼を言っていると、Iさんの悲鳴を聞きつけたらしい店員がやって来た。 
 Iさんはヤンキーにも店員にも「吉田」のことは告げずに、「急に気分が悪くなった」などと言って押し通した。
 どうにかその場はごまかして、彼は悄然として席に戻ったのだという。


 ただ妙なことに、会計の際、少しだけ値引きされていたらしい。



 どこかの居酒屋の、トイレの話。
 やはりトイレは、よくないのかもしれない…………






【完】

 

☆本記事は、完全無料&登録不要&著作権フリーの怖い話ツイキャス「禍話」
 THE 禍話第20夜 (2019年12月6日放送分)より、編集・再構成してお送りしました。


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