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【怖い話】 おばけがでる日 【「禍話」リライト⑰】


 皆さんは、「トイレ」に行くだろうか?

 もしあなたが、一日に一度、あるいは何度もトイレに行くような人であるならば、くれぐれも気をつけていただきたい。

 トイレは、よくない。





 30代半ばの女性、Kさんから聞いた話。

「これはねぇ、私がまだ乙女だった頃の話よ…………」

「はァ、そうなんスか」

「……………………まぁ、中学か高校の頃の出来事ね」







 夜、自宅にいたKさんはトイレに行った。

 座って用を足しながら、目の前の壁にあるカレンダーをぼーっと眺める。



 これはKさんの親がここに貼っているもので、日めくりや一年まるごと載っているやつではなく、月めくりのタイプ。

 何の変哲もない、ただのカレンダーである。家族の誕生日やちょっとした行事がボールペンで書き込んであったりする。

「おとうさん 誕生日」「おじいちゃん 敬老会」などなど。

 今月はなんのイベントもないようで、「今月はなんのイベントもないんだなぁ」と思いながら用を足し終わり、トイレを出た。





 その日は夜中まで勉強をしていたそうだ。

 0時を回ったあと、Kさんはもう一度トイレに行った。



 スイッチをぱちん、とつける。

 電気がつかない。

 あれっ……? さっきはついたけど……?

 そうだ、そういえばここ最近調子が悪くて、ついたりつかなかったりするって、親が話してたっけ。こりゃあ明日にでも電球変えてもらった方がいいな。

 仕方なく、暗いトイレの中に入った。



 勝手知ったる自宅のトイレだし、閉め切っていないドアからは廊下の光が少しばかり入ってくる。だからまったく不便ではない。

 座って用を足しながら、特に理由もなく、壁に貼ってあるカレンダーに目をやった。



 うっすらと、丸がついている日があった。

 その下にチョコチョコッと、小さな字も記してある。

 明日……ではない。もう日付が変わっているから、今日だ。

 今日の日付に丸がついているのだ。



 はて。さっきはまっさらだったはずなのだけど。誰かが夜のうちに書き加えたのかな、と注視する。

 ところがこれが、鉛筆で書いてあったのだという。丸も薄かったが、日付の下の字もかなり薄い。電気がついていないのでよく見えない。

 目が慣れてくるまでじっと見つめていた。

 そのうちに、読み取れた。






 おばけがでる






 そう書いてあった。

 なんじゃこれ。今日「おばけがでる」の? 誰だこんなイタズラしたの。


 お父さんもお母さんもボールペンを使うし、おじいちゃんはこういうバカなことはしないし、もちろん自分はやっていない。 

 というか、鉛筆で書いてある。家のみんなはペンしか使わない。鉛筆を持ってるのと言えば、学校で使う私くらいしかいない。

 でも誰かに貸した覚えはないし、わざわざ私の部屋に勝手に侵入して借りるわけもなく、じゃあ、家族の誰も書いてないということに…………



 あれっ?

 これ怖いな?



 推理を詰めていくとどうもよくない感じになってきたので、早く出ようとした。

 腰を上げて、拭いて、ズボンを上げて、流して、手を洗って、ぬぐって、外開きのトイレのドアを開けた。





 ゴン。





 何かにぶつかった。

「へ…………?」

 Kさんが困惑してドアの反対側を覗きこむと、

 全然知らない女の子が、廊下で尻餅をついていた。

 


 Kさんより年下に見えるその女の子は、開いたドアにぶつかったと言いたげに




「いてててててーーー ひどいなあーーーーーー」




 そうKさんに向かって呟いた。



 その口調はまるっきりの棒読みで、全然痛そうではない。

 尻餅をついている様子も、いかにもわざとらしく感じた。

 人の振る舞いを真似している、人ではないものだ、とKさんは思った。

 それ以前に、こんな女の子は知らないし、見たこともない。


 



 (ちょっ! うぉっ!!)

 怖くなって、Kさんは女の子がいない方向に廊下を駆け出した。

 


 すぐ先に台所があるのでそこに飛びこみ、急いで戸を閉める。

 台所は簡単な引き戸なので、鍵などはついていない。Kさんはとりあえず手でおさえながら、さっきのあいつがどうしているのか気配を探る。



 引き戸には、くもりガラスが入っていた。

 その向こうに、さっきの女の子らしき影がヌラッ、と現れた。

 



「いたいなあーーー いたいなあーーー」




 感情のこもっていない棒読みで、さっきと同じことを呟く。

 女の子は戸を開けようとするでもなく、ノックするでもなかった。

 ただずっとガラスの向こうをうろつきながら「いたいなあーーー」を繰り返し続けた。



 声も出せないし、その場から動けないKさんは、台所のイスを引き寄せて座るなどしてがんばって戸を押さえていた。



 声は、朝まで続いた。







 老人の朝は早い。

 夜が明けたか明けないかの頃合いに、おじいちゃんがトイレに起き出してきた。

 その途端に、声も姿も消えたという。



「お前、朝から何を……」

「いや、ちょっと、昨日の晩から、ちょっと……」

「寝ぼけとるのか?」

「バッカヤロウ!! こっちは命がけだったんだよ!!!」

 最後の言葉は胸にしまって言わなかったが、カレンダーと女の子について説明してから、2人でトイレに向かった。おじいちゃんは女の子のことはもちろん、鉛筆の字についても信じなかった。



 カレンダーは変わらずそこに貼ってあったし、なんと鉛筆で書いてある丸も文字もそのままだった。

 幻覚じゃなかったんだ…………

 Kさんは慄然とした。

 




「こんなものを貼っておいたらいかん!!!!」

 おじいちゃんはカレンダーを外してからライターを持ち出してきて、勢いあまってそのまま家の中で着火しようとした。



「おじいちゃん!! 家の中ではダメ!!!!」

 Kさんが必死で引き止めたので、庭で燃やすことになった。



 庭でカレンダーに火をつけてメラメラ燃やしていると、父親が起き出してきた。

 おじいちゃんと父親はここ数日、ちょっとしたことからケンカが続いていた。



「じいちゃん!! 朝から何してんだ!!! まさか家に火を!!?!?」





 夜は夜で大変だったが、朝も朝で大騒動だったそうである。







 Kさんの家のそばで人死にが出たとか、因縁のある土地だとか、そういうことは一切ない。

 そんなことが起きる前触れも、予兆も、きっかけもなかったそうだ。

 




 トイレには、行かない方がよい………… 



 つまりは、そういうことなのかもしれない…………









(おしまい)







☆本記事は、無料&著作権フリー&聴いて何か起きても責任は1ミリもとらないツイキャス「禍話」の、真・禍話 年末スペシャル(2017年12月29日放送)

http://twitcasting.tv/magabanasi/movie/429775633

 より、編集・再構成してお送りしました。

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