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真夜中の血の女王

 命乞いってのは似たり寄ったりだ。やめてくれ、俺が何をした、倍額出す。
 だから女がこう言った時、俺は感心した。

「私は殺せないよ」

「ほう。どういう意味だ」
「文字通り」
「そうかい」
 俺は女の心臓に弾をぶち込んだ。真っ赤な液体が壁に飛び、体が床にくずおれた。

 なるほど勝ち気だ、と俺は思った。
「勝ち気で強くて、悪魔みたいな女さ。そこに惚れたんだが……色々あってな」 
 依頼人が昨日そう言ったのだ。

 さっき覗きこんだ女の瞳を思い出す。青く美しいが、奥に邪悪な暗さがあった。


 室内を見る。俺の痕跡なし。
 さて帰るか。

 
「「 言ったよね 」」

 真後ろから声がした。

「「 私は殺せないって 」」

 声は、二重に聞こえた。


 振り向くと、いま殺した女が立っていた。
 2人に増えて。

 同じ背丈で同じ顔。同じ赤い服。
 名前はエイミー・クイン。


「「 驚いた? 」」

 反射的に銃を撃った。左の奴の額に向けて。
 がくん、と首がしなった。その揺れに合わせてクインの姿がひとつ増えた。

「「「 はずれ 」」」

 今度は右を撃ち抜いた。砂が崩れるように姿は消えた。

「「 あたり 」」

「でも、こんなこともできる」

 左のクインがそばにあった剃刀で喉を切る。血が吹き出たと思ったら、その血が膨れて新たなクインと化した。


「化物……」俺は呟いた。


「「「 あら失礼ね 」」」


 言うが早いか3人のクインは同時に襲ってきた。首に噛みつこうとした奴の顔を撃つと、血肉と共にまた1人増えた。

 剥がし押しのけ蹴飛ばし殴り、廊下に出て走った。ちらりと見れば後ろから、同じ顔の女が4人追ってくる。満面の笑みで。


 悪魔みたいな女── 

 非常口から外階段を降りつつ依頼人に電話をかける。
 
「どういうことだ!」一言目で怒鳴った。
「お前は餌だ」
「何?」
「だがいいことを教えよう。女は太陽が苦手だ」

 腕時計の針、3時。

 階段の外を1人のクインがげらげら笑いながら頭から落ちていった。下で潰れる音がした。
 俺は身を乗り出した。
 クインが路上で、2人に増えていた。

 

【続く】

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