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うつくしいふたり

 雪を踏みしめながら歩いてきた細身の男は、ドアを開け、運転席に座った。
 黒いコートの彼の肌は透けるように白い。高く尖った鼻と眠そうな目から、退廃的な美が漂っている。
 車の中には青年が一人、すでに助手席に座っていた。
「カナタ、大丈夫だったか?」
 カナタと呼ばれた青年はうん、と頷いてから、まつ毛の長いくりんとした幼い瞳で男の顔を覗きこんで、八重歯を見せて少し笑った。
「コウさん、鼻、出てる」
「ん?」
 コウと呼ばれた男は人さし指を鼻の下にやって、湿った指の腹を見た。
「寒いからな」コウは胸ポケットをまさぐる。「ティッシュかハンカチ、ないか」
「僕は持ってないよ」
 狭い車の中、探す場所は少ない。何もなかった。
「まずいな、垂れてきそうだ」眉をしかめてすすってみるが、水は徐々に鼻の下に広がってゆく。
「待って」カナタはコウの肩に手を置く。「ちょっといい?」
「どうするんだ」
 カナタは口を小さく開けて、助手席から顔を寄せてきた。
 彼のやりたいことが解ったコウは「おい……」と呟いたが、本気の抵抗ではなかった。
 カナタはそのままコウの鼻先を丸ごとふくんだ。
 それからズッ、ズズ、ズッ、と露骨に音を立てて、塩味のするねばついた体液を吸い出した。
 いつの間にか二人は目を閉じていた。
 カナタは最後に舌先で鼻の下を舐めた。そしてわざと喉を鳴らして、口の中の体液を呑み込んだ。
「きれいになったよ」
 カナタはコウの目をまっすぐ見ながら言った。
「そうだな」
 コウも火照る目でカナタを見つめた。
 二人は唇を重ねた。互いの舌が深く、複雑に絡み合う。
 十数秒の濃密な接吻のあと唇が離れると、口と口の間には細い唾液の糸が渡っていた。
 外の雪の白に反射した太陽の光で、糸がきらりと輝いた。

 止めた車の先には黒く流れるドブ川がある。
 そこには今しがたコウとカナタが頭を撃ち抜いた、下着姿のヤクザが3人、顔を突っ伏して死んでいた。

 殺す。愛し合う。殺す。
 これが彼らの日常だった。

【続く】

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