ほんとの空
これは10年ほど前に二本松の智恵子の生家を訪れた際、近くの丘の上にあった像で、「やまなみ」という題がついていたけど、きっと智恵子がモデルなんだと思う。
ああ、この人、ここでずっとほんとの空を見てるんだな、あれが安達太良山とか、あの光るのが阿武隈川、とか言いながら、と思った。
夢見るような、幸せな顔をして。
2年前の夏、仙台に引っ越してきて、なんて空が広いんだ、と驚いた。
そりゃあ智恵子も「東京には空が無い」と言うはずだ、としみじみした。
私が「空が広い!」と驚くたびに友人たちは「そう?」と首を傾げていた。
これがほんとの空なんだろう。大きくて広くて、ドラマチックに雲がわたっていき、夕焼けに染まる。
毎日毎日空の広さに驚きながら、でも同時に心細くもなっていた。
これは私の知らない空。
空が広いな、と思うたびに「遠くにいる」気持ちになる。
ビルがあって街明かりがあって、その上に遠く広がる東京の空。
智恵子が「ほんとの空ではない」と言うような空。
それが、私にとっては懐かしく恋しい「ほんとの空」なんだ。
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