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21時就寝5時起床生活

日の出が早くなってきた。
ふとコロナで入院していた時を思い出す。
21時には部屋の電気が消されて、朝の5時にはベッドで採血が始まる生活。
窓の外に巣を作る蜘蛛を見ながら、太陽が登るのを待つ生活。
誰がどう見ても健康的な生活なのに戻りたくない生活。


◇食がバロメーター◇



起床してから3時間後の朝ごはんが楽しみだった。
自分自身、食が健康のバロメーターで、食べれない時食べたくない時は相当に体調が良くない。

入院後1週間半は固形食の提供は無し。
重度の肺炎なのでやむなしと理解しつつも、こんなにも固形食を食べなくて大丈夫なの?と怯えた。
ただ、相反して、ひもじさも感じず、食欲も無理やり出そうとしているだけで、湧いてきていないことに気付く。地獄である。
改めて、心身共に健康でない事を理解した。

そういえば、やっと固形食になった時、事件が起きた。
「朝食はパンかご飯か選べますがどうしますか?」
とナースさんに聞かれて、
「ご飯で!」
と答えてから、翌日、翌々日と、どう見てもパンが運ばれてきた。

「なんの為の質問やったん?w」

と思い、ナースさんに尋ねると、シンプル間違いとのこと。
シンプル間違いとかあるんや。
翌日約2週間ぶりに目の前に来た重湯。
白米とは程遠いが、愛しさ感じた重湯。
沁みる程、美味しかったなぁ。
漫画カイジの地下労働施設で食べていた焼き鳥ビールもこんな感じだったんだろうなとか勝手に妄想しながら、日常生活が近付いて来ている喜びを感じた。

パンしか来ない

当たり前ってありがてえ◇


平日は定時で働いている人も、自分で会社をして働いている人も、みんながみんな自分なりのペースやリズムで日常生活がある。
日頃暮らしていると、その当たり前という有り難みも忘れてしまう。
入院生活という、ある種の不自由さの中で感じたのは、当たり前の有り難さ
会社で仲間と会って笑うのも、家族と過ごすことも、大切な友人たちとお茶することも。
全部がめちゃくちゃ尊くて、実は特別な時間。

でもこの当たり前も退院後は薄れていく。
喉元過ぎればなんとやらだ。

だからこそ、今後も無理やり不自由さを体験して、自分自身当たり前の有り難みを思い起こすというのも必要かも。なんてことを考えた11月の末だった。


◆最後に御礼◆
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コロナで死にかけた」という人も、読んだったでという意味で♡いいねだけ押していただけたら、紅葉くらい明るく生きていけそうですw

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