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INSECT

「これは、何かしら?」
妻のツシナの声に、生物学者であるセセメは、氷河の中に奇妙な生物らしき塊があることに気づいた。


それは大小2つの塊で、何かから守ろうとするように、大きな塊が小さな塊を抱きかかえているように見え、一部が氷の中から露出し、溶け出した水を滴らせている。


この場所は、100万年余り前の地殻大変動で山脈となり、降り積もった大量の雪の重みで、山を削りながら下る氷河の先端部に位置しているはずだ。
つまり、この2つ塊は、100万年近く前のこの地域に生息していた生物に違いない。


寒さから身を守るためであろうか、植物繊維を編み合わせたような物で体を覆っている。
遙か昔のこの地域には、すでに高度な文明が存在していたに違いない。


奇妙なことに、大きな塊と小さな塊は、大きさは違っているものの、色も形もそっくりである。


「アナタ。大きな生き物と小さな生き物は、姿は似ているけれど、親子のようだわね。」
ツシナは、茶色の固い殻で覆われ、自分とは全く違った形をしている子供を抱きかかえながら、セセメに話しかけた。


「そうだね。私たちのように、成長と伴に形を変えるようなことはしないんだろうね。」
セセメは、そう答えて、保温性のある作業服の両サイドを開き、節のあるお腹に並んだ気門から、深呼吸するように冷たく新鮮な空気を吸い込んだ。


光沢のある緑色の複眼で、少し赤みを帯びた太陽を見上げながら。

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