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昨日の続きークリシュナムルティー「瞑想録」より76p

奥深いクリアーなる観察というか、解放というか

それは

たぶん
技術的には
ほんまな、真の
チャクラの整列としか
言葉では
表せないのかもしれない。と思った。ブツブツ‥

右脳左脳のコーヒレンスとかだけでなく。超超ーー解放された光モードが
意図せず輝きだしたとき。

本文引用↓
【頭脳そのものが、静まり返ったときにはじめて、静謐な精神が生まれるのである。長い間反応し、なにかを内部から投影したり、防衛したり、あるいは主張したりするように条件づけられてきた脳細胞は、物事をありのままに見ることによってのみ静かになる。このような沈黙の中で、『見る者、経験する者と言う中心が終焉』したときにはじめて混乱を生むことのない行為が生まれる。なぜならば、その時には、『見る事が即行うこと』だからである。そして沈黙の中で、道徳的価値判断を始めとするすべての価値判断に終止符が打たれたときにはじめて、『曇りなく見る』事が可能となるのである』

でー
Kグルジの本の邦訳本のすべてを
むかしむかし、読み漁るも、

繰り返し繰り返しいつも書かれていて、
息が止まる、ひっかかる課題は

曇りなく観る👀こと。
中心が消えること。
のノウハウだった。


つまり
で、方法?!は?
となる。

それは、それは
わからなーい。
けど、なんだかぼんやり、解るのよー。うんうんわかる

矛盾してるけどね。

観察モードに
特化すると、
【観る者、体験する者の中心が終焉したとき】

ながーく、ながーく、斜めに読んでも
深くよんでも、

この言葉が
わたしの胸の真髄をつつく。

たまたま
中心が消えて、光明体験することは
苦行で起こりうる。偶然にね

問題は
「終焉にいたる」なのよー。
いつでも
どこでも、自由自在なコントロールが完成せねば
ただの偽り。欺瞞。
へんな憑依も、ウヨウヨいそうだし。

結論が
つまりは

進化段階しかないでしょうよーという答え。
今生だけの話しでなく
何万何十万生??!!の
どこかの段階?かを知ると。
あきらめもつくでしょう。
ついたわ😙

コツコツ。一歩一歩、登るしかない。

クレーム氏やベイリーの本を何度も
よみよみ、
やはりこの結論にいたる。

なので
自分の立ち位置を知ると。
笑い解放されるー😙

感情(アストラル)の終焉ーしかない。

あーあ朝から
ブツブツつぶやいたー☺️

この手の
ひとりモンクを、
共振できるお友達とシェアして
遊んでいるー。

みんな
諦めずに、コツコツ掘ってるよー😙

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