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穭女

 君は穭のような人だった。僕が君の思いに応えられないと伝えたことは憶えているのだろうか?いいや、しっかりと記憶しているはずだ。君は人目を憚らずに大声で泣き叫んだから、僕は随分迷惑を被った。

 君は僕の何がそんなに気に入ったのだろう。僕は今の今まで女性から本気の愛を君以外に贈ってもらえた試しがない。君だけが、取り憑かれたかのように僕を反芻しようとした。僕は、最初は悪い冗談だと思っていたんだ。だってそんなことはありえないから。僕はそのことに随分戸惑い、困惑した。

 思うに、僕は自分自身が確立していなかったのだと思う。自分がどうしたいかではなくて、僕という人物はどうあるべきかと考えていた。実体を持たないご主人様に言われるがままにする傀儡であった。だから、君の思いに応えられなかった。「僕という人物が、誰かから本気の愛情を送られるわけはない」と、ご主人様は呟いていたんだ。僕は君の思いをしっかりと刈り取った。

 それなのに、君はもう一度、そして幾度も僕を求めた。当時僕は君に悪霊みたいなわるいヤツが憑依していると怯えていたものだ。しかし、それが大きな間違いであったと今は分かる。君は穭の様に、僕という人物にこだわってくれたんだ。それなのに、僕は君を軽蔑さえしていた。その節は、心の底からすまなかったと思っているんだよ。

 僕も、生まれ変わったら君のような、美しい穭でありたい。そう素直に思える。この手紙を君に届けることはできないけれど、君がふっと僕という人物を愛してくれたことを思い出しさえしてくれれば、僕は浮かばれると思っている。

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