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ナイフ

 瀟洒なバーでは、一組の男女がマティーニを飲んでいる。どうやら恋愛関係ではないらしく、知り合って間もないと覗える。おそらく、酒場で行き摺り合ったのだろう。男は遊び慣れているようだが、女の方はどこかおぼこな様子だ。

 男は普段小説を書いている。煙草をふかしながら、自身の小説論を語る。

「僕は今、ナイフに関する小説を書いている。チェーホフについては知っているかな?そう、『桜の園』の。彼はこんなことを言っている。〝物語の中に拳銃が出てきたら、それは発射されなくてはならない〟だからそのアンチテーゼとして、何人も傷つけることのないナイフを描く。それってすごく素敵なことだと思わないかい?」

 女は、彼の話を余所目に戯曲について思いを巡らしている。彼女のクラッチバックには、『かもめ』と丹念に磨かれた美しいナイフが入っている。気付いているのは、どうやら私だけのようだ。

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