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ヨロイマイクロノベルその21

201.
恋人が顔はめ看板ごと帰ってきた。大名の格好がやけに似合う。「ようこそ古都××へ」。知らないところだ。一度は否定されるけれど、唇にはうぐいす餡がついている。満喫してるじゃないの。観念したのか、外すの手伝ってくれない、お土産あげるから、と二次元めいた恋人がぐいと近づく。

202.
零時に出されたバースデーケーキ(ビターチョコロール)。ナンバーキャンドルが間違っている。どうして72なのか(正解は33歳)。違うなら燃やし切らないと最悪な一年になる、と言われ、7(緑)と2(ピンク)が溶けるのを待つ。蝋は垂れて固まり、すてきな誕生日が少しだけ進む。

203.
煌々と輝く金木犀が咲いた。花の粒を集めて口の中に入れたらぱちぱち弾けて消えた。火傷するほど痛くて舌にたくさんの星型がついた。甘い香りも一緒に焼きついた。口内に秋を閉じ込めた気分になった。ほくほくの栗おこわを食べたら秋が渋滞して真冬になった。舌の星は見えなくなった。

204.
3の亡霊みたいなのが見える、左目がちくちくする。寝起きの恋人が眼球を洗う。おぼれてるみたい、ぜんぜん息ができない。水道水を浴びせながら騒いでいると、左目から何かが流れ落ちる。シンクの底に小さな「れ」があった。痛いわけだ、ひらがなだもん。恋人がさみしそうにささやく。

205.
いい匂いがする本だね。知らない人が近寄ってきた。わたしはオールドファッションを食べようとしているだけだ。2つに割ったら、7:3みたいなバランスになった。7のほうを知らない人にあげた。読み応えがありそうだ。知らない人が手を振った。7のうち1くらいが長靴の上に落ちた。

206.
秋の叩いてかぶってじゃんけんポン大会。わが町の代表がガード用に持参したのは広辞苑(第七版)だ。笠みたいにかぶって守る度、自らダメージを与える。どんどん首が傾いてくる。しかも相手の攻撃はクイックルワイパーハンディ。じゃんけんが弱すぎるし、今や辞書の表紙はつやぴかだ。

207.
仲秋の真っ只中にいた。檸檬が飛んできた。キャッチしたら小鳥だった。暴れてすぐに逃げた。飛ぶ姿は今や檸檬に見えないが、口内に唾液が溢れた。掌は熱を帯びていた。黄色い細い羽毛が頭脳線に沿うようにくっついていた。冷たい風に揺れ、それもまた飛び立とうとしているようだった。

208.
牙を抱えて影の人がゆっくりと向かってくる。体型は丸っこい。しきりに牙を持ち替えている。くるんと曲がる先端からぼたぼた黒い汁が垂れる。アスファルトに影ができる。その染みは新しい人型にはならない。牙を渡されたのでふざけて額につけてみた。音もなく世界が一瞬で暗くなった。

209.
「ご自由にお持ちください」的な洋食器を河童が頭に試着していた――こんな嘘ツイートがややバズりした。「私も見ました」と画像付きのリプがいくつか寄せられてきて怖い。挙句、「それ僕です!」と名乗る者も現れた。アカウント名は「鉄火大好きマン」。そのアピール、逆にガチなのか?

210.
呪が枕元に立った。口を剥ぎ取ると兄になった。私は次郎になり、呪だった兄が太郎に変わった。口は私が預かっている。よく食べるし、不穏なことばかり言う。おかげでずっと気が重い。その点、兄は無口だ。太郎、と呼びかけると自分を犬だと思っているのか、生えてもいない尻尾を振る。


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