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ヨロイマイクロノベルその19

181.
工場で愛の言葉を缶に詰めている。フレッシュで温かい声を吐き出す。ずらりと作業員が並ぶ中、終業まで空き缶に向けてひたすら愛をささやく。金曜の夜には同僚たちと飲みに行く。酔っぱらい、ひたすら汚く罵倒し合う。殴り合いも必至。すっきりした気分でまた月曜から愛を閉じ込める。

182.
ご先祖様が帰ってきたにしても大勢いすぎて、見た目もグロいしどれが誰かもわからない。ぐるぐる動き回るだけなので、仏間に閉じ込めた。勝手に出てくるやつもいて、だめもとで額にジョーカーのトランプを貼ってみたら、チャオ、と超軽いノリで挨拶された。絶対、うちの祖先じゃない。

183.
湖畔でバンジョーを鳴らす。波紋がゆっくりと広がる。底には夫が沈んでいる。ずいぶん前にわたしが殺した。後悔はないけれど、ときどき形見の楽器を奏でるためにやって来る。かなり上達したと思う。やがて岸まで水紋が届き、足元を濡らす。音の余韻が喉のあたりまで静かにせり上がる。

184.
俺は時代の先を行く男。そう自負する先輩に、今、何時代にいるんすか、と飲み会で尋ねてみた。「ギンムネ」と即答。何それ? 元号? 自分でつけたの? 疑問のすべてを飲み込み、ひゅうう、とだけ漏らす。先輩は鞄をごそごそして「銀宗」と書かれた色紙を見せてきた。超達筆だった。

185.
台風はすべてを吹き飛ばした。金魚のお墓として挿したアイスの棒を除いて。裏庭にぴんと立っている。どんな名前をつけたかも思い出せない。棒の裏に「おはか」の文字、表には「あたり」。土をすくうと鉢に入れていた赤いガラス玉が出てきた。口に入れて玉を転がす。発熱の予感がした。

186.
音信不通の息子が見覚えのない顔で無言の帰宅を果たす。遺体に損傷はない。けれど火葬のために顔中のピアスを外す必要がある。不慣れなためでも数のせいでもなく、異様に時間がかかる。それでも元の記憶に近い顔つきになっていく。小さな穴だらけの頬を撫でるわたしの手もまた冷たい。

187.
ちょっと繭作って籠るね。そう宣言した妻は唇から糸を垂らしたまま、一年近く普通に過ごしている。全然、吐き出せていない。今、どんな感じ? と尋ねても、繭ライフ楽しみ、とうれしそうに短い白糸を揺らす。葉っぱとか食べたら。妻を傷つけないか心配でその一言を俺は口にできない。

188.
微反抗期の息子が梱包材のぷちぷちの音で返事を済ませ始める。ご飯は? お風呂は? 宿題は? 好きな子できた? すべてぷちぷち。つぶしたゴミをちゃんと捨ててえらい。褒めてもぷちぷち。ちょっと楽しくなったのか、百均で大量のぷちぷちを買い込み、おじいちゃんにも渡していた。

189.
桃色の素麺だけを集め続け、ついにこのときがきた。長い道のりだった。たった数本のため、正月三が日も茹でまくった。束をいざ鍋に入れるとき、なぜか涙がこぼれた。改めて、夏が終わるのだ、と思った。細い麺が熱湯に散る。激しくうねる。どの桃色もみるみるつややかさを増していく。

190.
いびきすごかったわ。彼氏から動画を見せられる。いろんな意味でショックすぎる。睡眠中のわたしはビュッタドゥビビと連呼している。いろんな意味で怖すぎる。もう一度再生してもらう。ドンゲスデゲロに変わっている。やっぱすげーいびき、と彼氏が肩を揺らして笑い続け、止まらない。

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