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ヨロイマイクロノベルその26

251.
「今夜、貴方の夢に参上します」。獏からメッセージが届く。うっかり昼間に眠ってしまう。申し訳ないので薬を飲んでうとうとするが、すぐ目が覚める。ぶつ切りの夢と現実の狭間で黒い獣の姿がちらつく。「あの、小生です」と必死な声が耳に残る。食べてもらうほどの長さの夢も見ない。

252.
「実はお前……うちゅ」。ここで祖父はこと切れた。祖母も「あんた本当は……うちゅ」で逝った。死に際の父は「息子よ、実はお前……うちゅ」、母は「ピポ丸、あなた本当は……うちゅ」だ。もうほぼほぼ答え出ちゃってるけど、誰か一人でも意味ありげな溜めの部分、カットできたよね。

253.
影絵でギリシア悲劇を演じているはずなのだが、何本か長い棒状の影が重なり、中身が入ってこない。観客たちはすぐに飽きた。あくびをしたり眠ったりしているうちに劇が終わる。挨拶に現れた団員は全員天狗だった。深々とお辞儀をすると、鼻先が床につく。この日はじめて劇場が沸いた。

254.
雪室から連れ出した雪だるまはあっという間に溶け切った。振り向くとアスファルトが濡れていた。その色濃い軌跡を辿るものの、途中で乾いて見失ってしまう。木の実の目玉もにんじんの鼻も犬や鳥が持ち去っていた。木の枝の腕だけが残る。私はそれを握り締め、季節に迷いながら歩いた。

255.
久々の夏祭り、子供神輿を割り当てられた。ちびっこに交ざって担ぐ。膝をつくような体勢で町を歩く。異様な重さで肩が痛い。子供の溌剌とした声が響く。俺は邪魔しないように黙っている。俺に気づくと、沿道の大人から一様に笑顔が消える。神輿がみしみし音を立て、ますます重くなる。

256.
「ジ・赤ちゃんカー」。派手なステッカーが貼られた先輩の車に同乗する。エンジンがかかると、けたけた笑う赤ちゃんの声が聞こえた。わざわざ改造したらしい。「安全運転を心がけるだろ」。だが、車はバックして壁に衝突した。先輩は頭を抱え、ため息をつく。無垢な笑い声だけが響く。

257.
空飛ぶ油揚げに夫婦二人きりで乗っている。懸賞に当選した。座り心地は悪い。おまけにぬるぬるしているから油断すると滑り落ちてしまう。小腹が空いたら少しかじってもいいらしい。一応、妻は魚型の醤油入れを持ってきた。私は小葱のパックを持参した。ただ、どうしても勇気が出ない。

258.
台風のさなか、キャンベルのスープ缶が降る。その種類も様々だ。私は窓から無人の通りを眺める。たまに缶の上に缶が立つ。風ですぐに崩れてしまう。三段達成の瞬間を見届けたかった。だが、風雨も缶も止む。わらわらと人が集まり、缶を持ち去る。なぜかミネストローネ味だけが残った。

259.
秋を迎え、商店街のあちこちで祭が発生する。魚屋は活け造り祭、豆腐屋はおから大感謝祭、文房具屋はホワイトマーカーVS修正ペン祭など、毎日どこかしらが騒がしい。パン屋が秋のパン祭と銘打ち、白い皿を配り始めた。商店街全体がざわつき、一気に熱が冷めた。こうして祭は終わった。

260.
パズルのピースを細かく切って難易度を上げたら、二度と戻せない。白い山と蒼い湖畔、そこに浮かぶ古城の景色は失われた。犬の糞みたいな欠片が見つかる。どこにはまるのか、見当もつかない。泣きながらドラム缶にかき集め、裏庭で燃やす。ゆらめく炎は美しいが、悲しくなるほど臭い。

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