ガチパラっ!(15)
はじめてアナに会ったのは、銀座の鮨屋だった
大使館の人と、大使館以外の場所で会う
「消防署の “ 方 ” から来た」
などとかたり、消防署員でもないのに 高い消化器を売りつける
なんてことはないと思うが、ふとよぎるくらい、なんとなくな違和感があった
何度かメールでやりとりをしたのち、とりあえず顔合わせを、ということになって、てっきり大使館に伺うものだと思っていたからだ
東京の南アフリカ共和国大使館は、皇居にほど近い半蔵門のオフィスビルにある
半蔵門といえば、服部半蔵が その名の由来
服部半蔵といえば忍者
徳川家康を隠密行動、つまりはスパイ行為によって支え、300余年にも及ぶ太平の世を成した江戸幕府の礎を築いた
現在は皇居となっているが、当時は徳川家の本拠地であった江戸城を護る門のひとつとして、その名を刻む
忍者といえば「Ninja」として海外でも通用する知名度がある単語だが、そういったエピソードが大使館を半蔵門にした理由ではなかろう
メールに話を戻す
出来過ぎなくらい完璧な日本語のやりとりだった
「お世話になっております。」
いまとなっては、もうこういった文面上のルール、ことメールにおいての書式は曖昧となっており、形式自体が死語というか、過去のスタイルになりつつある中で、なんだか “ もっともらしい ” 感じが懐かしくすらあり
やりとりしながら、日本人のこちらの方が、なんだか稚拙に感じたりもした
日本人…そう…日本人なのだろうか?
お世話になっております。
棟方さんにご紹介いただきました清常アナと申します。
メールの署名は「Anna Kiyotsune」
” アンナ ” ではなく「アナ」で、しかもあえてカタカナにしているわけだから、南ア人で、ご主人が日本人とかいうパターン?
アナ・キヨツネならいいが、清常アナ、だと女子アナだ
メールの文面だけだが、流暢な日本語を操るし、古き良き?もっとらしさのあるちゃんとした形式でやりとりをすることから、勝手に年齢はそこそこいっているだろう、であるとか
名前からいえば、この時点で女性だと考えるのが普通なのだが、最近は性別も自由な時代だし、南アフリカではアナは女性の名前だけとは限らない
指定されたのは、都内某所にある鮨屋
路地を入り、さらに地下に降りていくつくりで、店の奥にはカウンターの個室がある
メインのカウンターから繋がっているのだが、奥の客席の部分が壁で仕切られていて、一見するとただの壁なのだが、それが隠し扉になっていて、奥の個室に入れる仕掛けだ
鮨を握る大将やスタッフだけがカウンターの内側で行き来できるようになっているが、表から見ている分には、奥にある裏のキッチンに入っていくような感じ
ちゃんとした握り手のいる鮨を楽しみながらも、話の内容によっては客だけになれる、そういう設え
仕事ではなく、たとえプライベートであっても、誰かと向き合って食事をすると、変に気を遣ってしまう
さらには、余計なことを考えてしまうなどして、せっかくの食事でも、何をを食べているのか、わからなくなってしまうという面倒な性分を抱えており
カウンターであれば、向き合わなくていい
鮨であれば、食べたいものを、食べたいだけ食べればいいし、相手の好き嫌いや、食べる量なども気にしなくていいわけだ
リーズナブルなお店もあれば、某国の大統領をもてなすこともできるお店まであり、まさに無敵、鮨無双
つまみや握りで、ちびちびと
なんだか変な空気になってしまったら、なってしまったで、酒のせいにしてやり過ごせばいい
ってわけにもいかないだろうが、ひとつ間違いないのは、ここが選ばれた理由は、棟方さんだ
そんな面倒な性分について語ったこともあったし、なにかといえばこのお店を使う
盗聴器でも仕掛けられてるんではないか、って思ったこともあるくらい
棟方さんは、外務省の役人で、オーストラリアの案件で知り合った
それ以来、こうやって仕事を紹介してくれるのだが…毎回毎回、ロクなことにならない。そのオーストラリアの案件も散々な目に合って…
そんなことを考えていたら、店に着いてしまった
地下への階段をくだり、インターフォンを押す
勝手には入れない面倒な仕組みだ
中に入り大将に軽く挨拶すると、すでに奥で待っているという
何人かいるのだろうか、とはいっても、奥の個室は4人しか入れない…
隠し扉を開けると、そこには女性がひとりだけ、にこやかに ” 立って ” いた
「はじめまして」
「ど、どうも…」
なんとなく日本人のようではあるが、褐色の肌や、ハッキリとした目鼻立ち。まったく何人かは想像できない
わかることは、見た目のわかりやすい美しさと…なにより…想像していたよりもだいぶ…若い…
この時点ですでに充分に楽しい夜だった
(16)に続く☟
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