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1からわかるアメリカ連邦最高裁判事の後任問題について

※見出し画像はWikipediaより引用しています。https://commons.wikimedia.org/wiki/File:US_Supreme_Court_Building.jpg

話は、2020年9月18日にアメリカ合衆国最高裁判所(以下、「連邦最高裁」とします。)のルース・ベイダー・ギンズバーグ判事が87歳で死去したことに始まります。

まず、前提知識としてお話ししておきますが、アメリカの裁判所の判事には任期や定年がありません。合衆国憲法第3条第1節で”The Judges, both of the supreme and inferior Courts, shall hold their Offices during good Behaviour"と規定されており、"during good Behaviour"は終身と解されているため、連邦最高裁及び下級裁判所の判事は死ぬまでその職を保持することができます。もちろん、自分の意思で引退した場合や弾劾を受けた場合は別ですが、連邦最高裁判事にはこれまで弾劾された例はありません。

連邦最高裁判事が引退または死亡したことにより欠員が生じた場合、合衆国憲法第2条第2節の規定により、大統領が後任の判事を指名し、上院の助言と同意を得て任命することになります。

つまり、1,連邦最高裁判事は死ぬまで若しくは自分の意思で引退するまで職に留まり続ける。2,連邦最高裁に欠員が生じた場合、大統領が後任を指名する。3,大統領が指名した後任の連邦最高裁判事候補は上院が同意しなければ任命されない。の3点が前提知識です。

2016年の連邦最高裁判事後任問題

本題に入る前に、もう一つ、前提知識として、2016年に起こった出来事をお話ししましょう。2016年2月に連邦最高裁のアントニン・スカリア判事が死去し、欠員が生じました。

当時のオバマ大統領は、3月に後任としてメリック・ガーランド氏を指名しました。ところが、上院の共和党指導部が「選挙の年に連邦最高裁判事の指名を承認するのは不適切」とし、承認が得られませんでした。

当時の上院は全100議席のうち共和党54議席に対し、民主党44議席、リベラル系無所属2議席と共和党が多数派を占めており、共和党が一致して反対すれば、承認は当然できないことになります。民主党のオバマ大統領の指名を、野党の共和党が拒否する形ですね。

結局2016年の選挙では共和党のトランプ氏が大統領に当選し、上院も共和党が52議席と多数派を確保したため、2017年にトランプ大統領がニール・ゴーサッチ氏を指名し、上院がこれに同意。ゴーサッチ氏が新たな連邦最高裁判事となります。

なぜアメリカでは連邦最高裁判事の任命が政治問題化するのか

さて、日本では最高裁判事の人事がこのように揉めるケースは聞きませんが、アメリカでは共和党と民主党で激しく対立しています。一体どうしてでしょうか。

これは、アメリカの裁判官が日本の裁判官よりもかなり明白に保守派・リベラル派といった党派性で判断を下すため、妊娠中絶問題などリベラルと保守で激しく対立する問題についても、判事によって判断が異なるからです。

共和党は保守派の判事を多くしたい、民主党はリベラル派の判事を多くしたい、と、単純に考えてもいいかもしれません。

そして連邦最高裁は9人の判事の多数決で判決を下します。そのため保守派の判事が多数派になれば、連邦最高裁は保守的な判決を下しますし、逆にリベラル派の判事が多数派になれば、リベラルな判決を下します。

2016年に死去したスカリア判事は保守派の判事とされており、当時のオバマ大統領が後任に指名したガーランド氏はリベラル派と目されていました。また、その当時のスカリア判事以外の連邦最高裁判事はリベラル4、保守3、中間派1とみられており、リベラル派の判事が任命されるとリベラルが5と多数派を握ることとなり、共和党としては何としても避けたい事態だったわけですね。

2016年の時は、選挙後に保守派のゴーサッチ氏が新たな連邦最高裁判事となったため、リベラル4保守4中間1の構成となりました。

その後、2018年に中間派のアンソニー・ケネディ連邦最高裁判事が引退を表明し、共和党のトランプ大統領は保守派のブレット・カバノー氏を後任の判事に指名しました。そして、このときの上院では共和党が51議席と多数派を確保していました。しかし、カバノー氏に高校時代の性的暴行疑惑が浮上し、審議は紛糾。共和党からアラスカ州選出のマーカウスキー上院議員が棄権し、モンタナ州出身のデイビス上院議員が娘の結婚式のため欠席、一方で民主党のマンチン上院議員が賛成に回ったため、50対48の僅差で承認されました。

アメリカの政党には党議拘束がないため、このように共和党からの議案でも民主党議員からの賛成があったり、逆に共和党内からも反対があったりします。対立的な議案の際は、両党内でも穏健的・中間的な立場に位置する議員の動向に注目が集まることになります。

2018年に以上のような経過でカバノー氏が連邦最高裁判事に任命されたことにより、連邦最高裁はリベラル派4に対し保守派が5となり、保守派優位の体制となり、現在に至っています。

リベラル派判事の後任が保守派の判事になる?

9月18日に死去したルース・ベイダー・ギンズバーグ判事はリベラル派の判事として知られており、映画化されるなど、リベラル派の中では圧倒的な人気を誇っていました。

一方で、現在のトランプ大統領は共和党。そして上院は共和党が53議席を確保し多数派となっています。

つまり、このまま行けば保守派の判事が指名され、共和党が多数を占める上院でも承認されることで、連邦最高裁の判事は保守派6リベラル派3となり、保守派の優位が確立します。

しかも現在の連邦最高裁判事はリベラル派のスティーブン・ブライヤー判事が82歳なのを除けば、50代から70代前半と比較的若い判事が占めます。保守派の最高齢判事が72歳のクラレンス・トーマス判事であることを考えると、今後10年は保守派が連邦最高裁で多数派になることが見込まれます。

「選挙の年に連邦最高裁判事を承認するのは不適切」

ここで2016年に当時の共和党が取った立場を思い出しましょう。2016年にオバマ大統領がリベラル派の判事を指名したとき、共和党の上院指導部は「選挙の年に連邦最高裁判事の指名を承認するのは不適切」だとしていました。

そして今年は選挙の年、しかも選挙は11月3日投票と明らかに2016年よりも日程の余裕がありません。

しかし、トランプ大統領は早々に候補者の指名に動き出し、共和党のマコネル上院院内総務(共和党上院のリーダー)も、上院での早期承認に向け動き出しています。

一方で民主党の大統領候補であるバイデン元副大統領は「連邦最高裁判事の後任指名は選挙が終わるのを待つべきだ」としており、共和党と民主党の対立が激化しているのが現在の状況です。

現在、上院は共和党53議席、民主党45議席リベラル系無所属2議席となっており、このまま行けば共和党の賛成多数でトランプ大統領が指名した後任候補が承認されるはずですが…。

今後の動向

9月20日、共和党所属でメイン州選出のスーザン・コリンズ上院議員は「選挙が終わるまで連邦最高裁判事の後任を承認すべきでない」との声明を発表しました。

また、9月21日には共和党所属でアラスカ州選出のリーサ・マーカウスキー上院議員も同様の立場を明らかにしたため、共和党から2人の造反が出ることが確定しました。

現在賛否を表明していない共和党議員は、ユタ州選出のミット・ロムニー上院議員だけですが、仮にロムニー議員が反対に回ったとしても、50対50で可否同数となります。

上院で可否同数となった場合、合衆国憲法第1条第3節の規定により上院議長である副大統領が議長決裁票を投ずることになっています。現在のマイク・ペンス副大統領は共和党ですから、当然共和党寄りの表決をすることになります。

一方で、更にもう一人共和党から造反が出た場合、49対51になりますから、承認することができなくなります。

また、仮に保守派の判事が任命されたとしても、大統領選でバイデン元副大統領が当選し、上院・下院でも民主党が多数派となった場合、民主党が「連邦最高裁判事の増員」を行う可能性も浮上しており、現在の情勢は混沌としています。

といっても、まだトランプ大統領は後任の指名を行っていません。できるだけ速やかに行うとのことですが、果たして。

※9月23日追記:共和党のミット・ロムニー上院議員は連邦最高裁判事後任の承認手続に反対しないことを表明しました。トランプ大統領が指名する人物によっては反対する可能性を残した言い方になっていますが、トランプ大統領が指名する後任候補がそのまま上院で承認されて、連邦最高裁の構成が保守6リベラル3になる可能性が極めて高くなりました。

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