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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第五話

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「それで、実際の事業影響はどんな感じですか?」

 春風の原因究明にも興味はあるが俺の仕事は足元の混乱を収拾することだ。話題を現実に戻す。

「さっきも言った通り、恋愛部の天使が半分以上天界に戻ってしまったから業務が破綻しかけている。特に問題なのは資材調達だ」
「え? 最前線の営業ではなくて?」
「ああ。営業も天使数が半減しているが交代制勤務を増やすことでなんとか耐えている。だが、そこに矢と糸を提供する機能が天使手不足で止まってしまった。そこの応援に入ってくれないか」
「わかりました」

 確かに。いかに天使と言えども、天使の矢と赤い糸で男女を射貫かないと恋を成就させられない。俺たちはまず調達天使の話を聞くことにした。

「もう、聞いてよ。今まで念話ネットワークで現場の在庫を確認して発注していたのに、天使数が減っちゃってネットワークが穴ぼこだらけになっちゃってさー」

 社員食堂でランチをしながら調達天使と面談。彼女は愚痴を言いながらたくさんのランチを頬張る。ライ麦パンに玉ねぎスープ、ガチョウの卵のサラダにスパゲッティ、鴨とフォアグラ、メインは魚料理、そしてデザートはたくさんのドライフルーツ。天使は太らないから食べたいだけ食べるらしい。

「うわー、あれも、これも、おいしそう」

 ……便乗して一緒においしそうと次々に口に入れてもぐもぐしているのは美香だ。まったく、仕事しに来たのかグルメに来たのか、どっちなんだ?

「美香、天使と一緒のペースで食べてると太るぞ。ただでさえぽっちゃりなのにこれ以上ぽっちゃっていいのか?」

 もちろん、美香がぽっちゃりだなんてこれっぽっちも思っていない。むしろ最高級にスリムな体だということは理解しているが、爆食いしているのを見ると少しくらいは嫌味を言いたくなる。

「ち、ち、ちょ、ちょっと待ってください。わ、わたし、私のどこがぽっちゃりですって? いいんです、いいんですもん。ちょっとくらい。せっかく人間界でグルメを楽しめるんですよ? 天界にも輸入されているけど鮮度が違うんです」

 顔を真っ赤にほてらせて口をとがらせる美香。調達天使の瞳がキラーンと光る。

「でしょ? やっぱり、よくわかってるわね~。これも飲む? トスカーナのワイン、DOCGよ」
「DOCG?」
「うん、要は、美味しいってこと。ほらほら」

 こいつら……すでに春風にあてられてんじゃないだろうな? 春風に酔いつぶれるか恋天使……なんてシャレにもならんぞ。おれは頭を抱えながらも、なんとか情報を聞き出していく。

「……つまり、念話ネットワークはある程度の天使がいないと維持できないということですね?」

 俺たち人間は天界に行けばなんとか念話を使えるものの、人間界では全く使えない。天使たちは人間界でも念話を使えるらしい。とはいえ、人間界では念波強度が弱くてアンテナ強度も一かニくらいしか立たないとは聞いたことがある。

「そうそう。ネットワークが無いと私たち調達天使がいちいちそれぞれの現場に念話を送って在庫を教えてもらって確認して出荷することを繰り返さなきゃいけないから大変なのよ」
「じゃあ……別の手段でネットワークを作れたらその場しのぎはできるということですか?」
「別の手段?」

 俺はスマホを取り出すと、サプライチェーンマネジメントと打ち込み検索する。すると誰でも聞いたことがある大企業のサービスが列挙される。違うな、こんな大掛かりなものをいれようとすると商機を逃してしまう。もっと手軽にすぐに導入できる奴……SaaS、クラウド、手軽……検索キーワードをいろいろ試してみる。

「これなんかどうでしょう?」

 俺は手ごろな価格でクラウドサプライマネジメントシステムを提供してくれるスタートアップのサービスを表示する。調達天使が俺のスマホを覗き込む。

「……まさか、人間の技術でマネジメントする気?」
「ここは人間界です。合理的かと思います」
「私たち天使の神通力があるのに?」
「それが維持できていないのだから仕方ありません」

 調達天使は眉をひそめて考え込んでいる。まったく……天使たちの神通力も天使演算能力も念話ネットワークもすごいけど、それに甘えすぎていていざというときに決断できないとは……

「本社の許可がないとそんな決断はできない……ということですか?」

 すると調達天使はびくっと震え、そして頭を掻いて答えた。

「ははは、まあ、そういうこと。そんな大きなこと、現場では決断できないって」

 はぁー。ため息しか出ない。天使ともあろうものが、昭和の大企業病じゃあるまいし。

「わかりました。では、私が本社許可を取ってきますので、システム移行の準備を始めてください」

 まあ天使演算能力を持っている調達天使からすれば、いざ本社許可が下りたら移行など数秒で済ましてしまうだろう。

 こうして、俺たちはまさかの日帰りで天界に出戻ることになった。本当に疲れる……でも、美香はこの上なく楽しそうだ。まあ、そうだろうな。ほぼ何もせず、ランチでグルメとワインを楽しんで帰ってきたんだから、出張というより人間界日帰り旅行だ。さすがに楽しそうな美香を見て、ちょっと意地悪も言いたくなる。

「……出張報告書は美香が書いてくれるか?」
「ひ、ひぐっ?」

 なんだかよくわからない発音で涙目の訴えをしてきている。

「ほ、報告書、書くよりも直接報告しましょう」

 そう言って本社の役員廊下を走り出す美香。

「おい、どこに……」
「ら、ラファエル部長に直接報告しちゃえばいいんですよね。ほら、ここでしょ?」
「ま、まて、バカ……」
「え?」

 美香がノックしたのは、ラファエル部長室の隣の扉。
 ガブリエル部長室だった。

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