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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第二十六話

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 四月に入り花見と入学式シーズンが始まった。急ピッチで仕上げたDCCの天界人間界接合分散型データセンターの超絶な処理能力は絶大で、半数を切った現場の恋天使たちに適切な指示を出しつつ、新配属の事務天使にも状況に応じた恋天使のノウハウをダウンロードすることで戦力化。これによって営業成績は大きく回復し始めていた。

 そして四月第二週。俺たちは日本でも有数の有名大学の入学式が行われる会場に向かっていた。ここでのペアリングは将来優良顧客獲得の意味でも超重要なミッションだから、かなりの数の恋天使を導入している。そして、奴らが仕掛けてくるとすればここだろうな。

「ま、まだ、さ、桜が咲いているんですね」
「ああ、あいつらが春風を吹かせまくったせいで今年は遅咲きみたいだからな」

 千鳥ヶ淵から武道館続く坂道では晴天のもとに葉桜が揺れている。武道館につくと朝九時前というのにすでに新入生やその家族が集まり始めている。その数も増えていき武道館へとどんどん吸い込まれていく。やがて中では入学式が始まったようで、武道館の周囲は一旦落ち着きを取り戻していた。

「俺たちの勝負タイミングは入学式終了後。新入生が外に出て来て親から離れて、オリエンテーションなどですでに仲良くなり始めた仲間たちと記念撮影などを始める。そのシャッタータイミングに合わせて恋天使たちの射撃を開始する」

 俺たちは少し離れた駐車場から武道館の手前の広場を全体的に俯瞰する。武道館近辺には十名ほどの恋天使たちがすでにスタンバイしていた。そして、武道館の屋根に目を向ける。八角形の屋根のてっぺんには有名な玉ねぎが乗っている。本当に……玉ねぎに見えるな。

「あ、あの、しょ、翔さんは新仮面男の正体がだれかすでに想像ついているんですか?」

 美香が控えめに聞いてきた。そうだな、おそらく……

「サリエル副部長が怪しいと思う」
「……そ、その理由は?」
「ひとつは、俺たちの行動が筒抜け過ぎているという事実だ。クリスタルビジョンのときはラグエルが情報源だと思っていたが、その後も卒業式、そしてDCC交渉にも介入してきたとなると他にも情報流出があるとしか思えない。そしてそれは、残念ながら恋愛部内が怪しいと言わざるを得ない」
「た、たしかに……でも他にも理由が?」
「ああ。それは……」

 卒業式の時にエース恋天使にあてられた黄色い春風。あれは何かの薬? もしくはウイルスみたいなものか。いずれにしても医学の知識が必要な仕掛けではないか?

「春風にあんな細工を施せる技術を持つのは、恋愛部には医師免許を持つサリエルしかいないだろう」
「た、たしかに……で、でも、そうならば今回もサリエル副部長は春風を……」

 その瞬間、武道館の玉ねぎが爆発を起こした。

「な、なにごとだ?」

 おいおい、それはやりすぎだろ? 破裂した玉ねぎから黄色い風が八角形の屋根に沿って吹き降ろしてきて、武道館周辺に配置された恋天使たちはまともにその春風に巻き込まれてしまった。

「ふはははは、翔。散々こき使ってくれた礼を言いに来たぞ」

 破裂した玉ねぎの中から新仮面男が現れた。そしてゆっくりと屋根の上を歩いて降りてくる。偉そうに見下しやがって、なんかムカつく。

「やはり貴様だったか。サリエル」
「気付くのが遅い。そこにいる天使たちは私の春風による恋の病で仕事を忘れるだろう。残った人間風情の貴様らに何ができるというのだ?」
「ふっ……俺がこの状況を予測していないとでも思ったか?」

 俺が指を鳴らすと、駐車場の横の藪から新たに恋天使たちが姿を現す。それと同時に武道館の広場で春風を食らった恋天使たちが天使衣装を脱ぎ始める。

「ああ、これでバイト終わりね」
「この気候でよかったわ」
「最後の生ぬるい風が気持ち悪かったわね」

 そういって恋天使衣装を回収箱に入れた少女たちはぞろぞろと九段下に向かって去っていった。

「どういうことだ? 翔!」

 新仮面男は激高するが、まあ、そういうことだ。屋根の下にいたのはコスプレしたバイト達。本当の恋天使はこちら側に隠れていたというわけだ。

「観念しろ。この天使数に囲まれたら、さすがの七大天使の貴様でも逃げ切れまい。貴様の背後にいる真犯人は誰だ? 貴様ごとき七大天使がなせる事件ではないはずだ。白状しろ」
「ふん、小癪な。勝ったつもりか? こちらにもまだ奥の手が残っているんだよ」
「な、なんだと?」

 サリエルは怪しく笑うと一本の黒い羽根を取り出した。

「な、何だあれは?」

 俺の直感が、これはマジでやばいと叫ぶ。

「全員、退避。逃げろ」

 天使たちは咄嗟に四方八方へ飛散する。だが、俺たちは飛んで逃げる能力はない。くっ、まずい状況だ。

「あ、あ、あれは、ま、まさか……堕天使の?」
「そこの女、よく知っているな。そう、これは堕天使の中でも超トップの方の神通力だ。人間の貴様たちは逃げられまい。くらえ」

 サリエルが羽根を握りつぶす。そのとたん、羽根から邪悪な黒い風が一目散に俺たちをめがけて襲ってきた。くそ、こんな恐ろしい神通力を使われるとは予測してなかった。なんとか……美香だけでも……

「美香!」
「し、翔さ……」

 俺は美香を覆うように抱き着くと背中をサリエルに向けた。勢い余って美香の眼鏡が外れてかつんと地面に落ちる。その直後、怒涛のような黒い風が俺たちを覆った。


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