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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第六話

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「失礼しました、間違えました」

 俺は慌てて頭を下げるが、暖かく包み込むような優しいガブリエル部長の声がそれを遮る。

「いいんだよ、別に。まあ、せっかくだから中に入りなよ」

 俺は顔を上げる。そこにいるのはまさに天使中の天使、天界で特に人気を集めている存在だ。そのふくよかな胸から織りなすボディライン、母性本能が溢れ出ているかのごとく可愛らしい表情で見る者すべてに優しさと温かさ溢れる愛情を芽生えさせる。どこかの鉄板お胸の誰かさんとは大違いだ。

「君たちが噂の春風対策チームだね?」

 そんな噂が立っていることなど知る由もないが、多分俺たちのことを指していることに間違いはないのだろう。

「はい、その通りです。先ほど人間界に行っておりました」

 大天使であり当社を代表する婚姻部部長。しかも可愛くてナイスバディ。本当ならば声をかけられたら嬉しくてしっぽをフリフリしたいくらいの相手なのだが、ハニエルの言葉が引っかかる。
『誰かが意図的に邪魔しているようにしか思えない。誰かはわからないが……社内のだれか……かもしれない』
 もし意図的に邪魔しているとしたら、下っ端ができるようなレベルの邪魔ではない。だとすれば、怪しいのは部長レベル。つまり、ガブリエルかウリエルのいずれかが怪しいということになる。俺の態度が硬化していることをガブリエルも気が付いているようだ。全てを包み込む優しく温かい雰囲気なのに、なぜかその瞳だけが鋭く尖っている気がする。

「そうなんだ。じゃあ、ぼくからも一言だけ言わせてもらうね」

 この愛狂しい表情でぼく呼びは反則すぎる。

「ラファエルは天使を無駄に使いすぎなのよ。だからこれは所謂天罰ね。このまま状況を改善できなければ、四月の異動のタイミングで恋愛部の営業天使の大半は婚姻部が引き受けるからそのつもりでいてね」

 ガブリエルはにこやかに微笑む。笑顔で死刑宣告とも言える宣言をしてくるところが大天使レベルの怖いところだ。彼女の表情には駆け引きのニュアンスは微塵も感じない。それはつまり、ブラフなんかじゃなくて全て本気の本音であり問答無用で実行するつもりなのだろう。それを実行できる実力と役職を有しているんだから交渉する余地もない。俺のこめかみみ一筋の冷や汗が流れ落ちる。

「……そうならないように善処します」
「あら、そう? 人間のあなたにこの状況を改善できるとは思えないけどね」

 ニヤッと冷笑するガブリエル。俺は流石にムッとなりつつも、別の部門の部長相手に喧嘩を売るわけにも行かず返答に困り、そのまま飲み込んで下がろうと軽く頭を下げ回れ右……をしようとした途端。
 俺の背中に隠れていた美香がヒョイと顔を出し、眼鏡をずらして口を尖らせた。

「天使だからって万能じゃ無いです。今だって現場の恋天使はボロボロじゃないですか。だからこそ翔が選ばれたんです。天使では解決できないようなすんごい方法で解決しちゃうんですもん」
「お、おい?」

 なんてことを言ってくれるんだ? 俺は慌てて美香を止めるがもはや手遅れだ。ガブリエルは一瞬驚き、すぐに先ほどよりもさらに揶揄うような笑みを見せる。

「ほう、それは大いに楽しみにしているよ」

 俺は美香の頭を押さえて無理やりお辞儀させる。

「……それでは、失礼します」

 俺は震える手で婚姻部長室の扉を閉じた。廊下に出ると先ほどの場面を思い出し体が固まってしまう。

「あ、あの、あの、思わず口を出してしまいまして……」

 今更ながらにオロオロした声を出す美香。

「……まったく。ドア間違えるだけじゃ飽き足らず、喧嘩売ってどうすんだよ」
「きゃひーん、ごめ、ごめんなさい」
「相手は大天使のガブリエル部長だぞ。胸なんか美香の百倍大きい相手だぞ。勝てるわけない相手だろ?」
「む、む、胸は関係ないですぅ。それに百倍は言い過ぎです。せいぜい九十倍くらい……」
「そんなこと知るか! そもそも部長室を間違えるほどの方向音痴のくせによく案内人なんて買ってでたな」
「きゃひーん、買ってでてないですぅ。勝手に選ばれたんですぅ」

 まったく。まあ、彼女も好きで買って出たわけではないということか。

「……もし彼女が今回の事件に関与していたら全力で邪魔されるかもしれないんだぞ」
「……も、もしかして……翔さん、ガブリエル部長を疑ってたりするんですか?」

 一呼吸ついた俺を見て、美香が心配そうに声をかけてくる。

「そうは思いたくないが、営業天使を引き抜きたいのであれば動機はあるということになるから可能性は否定できない」

 美香はそれを聞いてしょぼんとする。そりゃそうだ。自分の会社の役員が怪しいなんて信じたくない気持ちは俺も一緒だ。 

「確証はないし、そもそも原因究明はミカエルCEOの部隊が考えることだ。俺たちは俺たちのやるべきことをしっかりやろう」

 そうだ。俺たちは謎解き班ではなく、ビジネスを継続させる対策班なんだ。俺は改めて気持ちを引き締める。その後、隣のラファエル部長室に入った俺たちは、人間界のシステムを活用して調達危機を乗り切ることについて許可を得て、また人間界に戻るのだった。 


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