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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第二話

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 出張支度を終えた俺を、上司のラファエルが再度呼び出した。

「彼女が君のパートナーとなる左近美香だ」

 スラリと細いボディライン。しっかりした肩幅とは裏腹に控えめな胸。端正な顔立ちは相当に美人だ。赤い縁のメガネの奥にキリリと鋭い瞳。だが、どこか眠そうな色を帯びている。茶色に染められた長い髪はくるくる綺麗なウェーブをなびかせているが頂上はちょんと跳ねている。所謂アホ毛だ。

「青羽翔です。よろしく」

 俺が手を差し出すと、急に真っ赤になって慌て始めた。

「あ、あの、わ、わたし、さ、左近、美香です」

 九十度近く上半身をお辞儀しながら俺の手の先っぽを両手でちょんと掴む美香。照れ屋なのか?

「そんなに緊張しなくていいさ。俺も人間だから、君のことを珍しがったりしないから」
「あ、あり、ありがとうございます」

 俺は彼女の手を離すと、ラファエルに向かう。

「で、呼び出した理由は彼女のご紹介ということですか?」
「まあ、それもある。彼女は管理部で日本の各拠点の管理業務を支援している念令課の職員だから、今回の現地案内役として相応しい働きをしてくれるだろう」

 念令課とは、株主である神々や大天使たち経営陣の伝言(念令)を、地球各地で働く営業部隊の天使たちの拠点に念報で伝える部署だ。その拠点(所謂、教会というやつだ)で念令を受けた天使たちが活動することで念令が人間たちに浸透していく。そもそも天使(エンジェル)は使者、伝令を語源としている。
 ラファエルのしたり顔は気に食わないが、故郷の日本を離れてキューピッド株式会社の派遣社員として働き始めて以降かなりの期間向こうには帰っていないし、そもそもこの会社の各拠点がどこにあるかなんて全然知らない俺としては、悔しいけど確かに案内係を付けてもらえたことはありがたい。
 でも、できれば……派遣社員ではなくちゃんと正社員天使クラスをつけてもらえたらもっと嬉しいんだけど……まあ俺も派遣社員だからさすがに高望みすぎか。

「……ご配慮ありがとうございます」
「あと、もう一つ」

 ラファエルは、徐に背中の羽をばさっと広げた。さすが部長クラスの大天使。二枚の羽が抱える無数の羽根の一本一本が細やかに輝き淡い金色の輝きを放つ。その両方の羽の内側から、それぞれ一本ずつ羽根を取り出し俺に手渡す。

「この羽根は左右一枚ずつしか生えない特別な羽根だ。この羽根を折ることで大天使の神通力が使える」
「神通力?」
「ああ。もしものときのために少しは武器を与えておこうと言うできる上司の心遣いだ」

 自分で言ってりゃ世話ない話だが、どうやら抜いた羽根は一年たたないと生えてこないらしいので確かに大盤振る舞いの餞別ではある。

「当然能力を使ったら羽根は消えるからな。貴重だからなるべく使わずに持って帰れよ」
「……」

 大盤振る舞いなのかせこいのかよくわからない発言に頭の中が混乱してくるが、いつものことだし無視しよう。

「で、効果はなんなんですか?」
「ああ。所謂、透視能力だ」
「と、透視能力?」

 俺は美香と目を合わせる。
 美香はビクッと身構え、顔を真っ赤にし恥じらいながら体を両手で隠すそぶりを見せた。
 
「……あのね。こんな貴重なものを、そういうふうに使うわけないでしょ?」

 俺は大きくため息をついた。
 やはり……恋愛部派遣社員の中でも最も鈍臭いという評判は確かなのかもしれない。


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