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短編M&A小説 スリーピング・ビューティー

M&Aには、ロマンティックな用語が使われる分野があります。
特に、敵対的買収の分野では、沢山の素敵な用語が使われているのです。
この小説は、そのような素敵な用語を使った短編小説です。

dekoさんにアイデアを頂き小説にしてみました♪

**用語説明**
キラー・ビー:買収対策を援護するアドバイザー
スリーピング・ビューティー:世間では知られていないが魅力的な企業

以下、敵対的買収対策法(50音順)
クラウン・ジュエリー
:中身の優良事業部門を別会社に移しちゃうこと
ゴールデン・パラシュート:役員退任時の高額報酬を決めておくこと
パックマン・ディフェンス:買収しかけてきた相手を逆に買収しちゃうこと(デッドマンズ・トリガーも同じ意味)
ホワイトナイト:他の友好な相手に買収してもらうこと
(ブラックナイトは、反対に、敵対的買収側の買収行為を協力をすること)
ポイズン・ピル:予め既存株主に新株予約権を付与すること

第1話 キラー・ビー

カッカッカッカッ……

小柄でベビーフェース、だが鋭い眼光を持つアイドル少年のような男。
その名を『キラー・ビー』と言う。

ここは深夜のウォール街。
マンハッタンの摩天楼の灯りもまばらになる。
すると、彼の足元には、月明かりが行く道を示すように舞い降りてくる。

「今日は中秋の名月。不夜城のこの街にも、十五夜の月明かりは届くのか」

しかし、感傷に浸っている場合ではない。
証券取引所が開く明日の朝までの数時間。
ここで決めなければ、あの『スリーピング・ビューティー』を救い出すことはできない。

キラー・ビーは、足を速めた。

高層ビルの高層階のオフィスに入る。
二面が大きなガラス張りの窓を有する大きな会議室。
でも、夜中だからか薄暗い。

部屋の奥の窓際に、一人の女性が立っていた。
近づくと、うつむき恥じらうような表情。

こんな初々しい女性が、この薄汚れたマンハッタンにも、まだいたのか?

「君が……スリーピング・ビューティー……眠り姫だね?」

念のため尋ねると、彼女はこくんと頷く。

あまり世間には知られていないけど、きわめて狭い業界でこっそりと語り継がれていた噂。
マンハッタンの一角に、魅力的な事業を持っている会社がある。
その会社のオーナーは、ブロードウェイのトップスターをはるかに上回る美貌で、通称『スリーピング・ビューティー』と呼ばれていた。

実際にその姿を目の当たりにすると、誰もがつばを飲み込む。
影は薄いが、よく見ると、すばらしいプロポーション。
おそらく……H?いや、Iカップはあるだろう。

「君は……逸材だ。だから、買収を仕掛けられた理由はよくわかる」

そう、彼女の会社は、まさに今、敵対的買収を仕掛けられていたのだった。

第2話 パックマン・ディフェンス

「おれはキラー・ビー」

スリーピング・ビューティーにあいさつをする。

敵対的買収を仕掛けられた、哀れでか弱い企業を守るのがおれの使命。
つまり、買収対策を援護するアドバイザーだ。

もちろん、おれ一人の力では企業ひとつを守り切ることはできない。
様々な協力者が必要だ。

「あなたを買収から守る強力な味方を紹介したい」

スリーピング・ビューティーは、不安げな表情から少し、ほっとした表情を見せる。
期待したのだろう。

「じゃあ、最初の協力者だ」

扉が開き、一人の男が入ってくる。

「『パックマン・ディフェンス』です。私は、買収を仕掛けてきた相手をパクっと買収し帰してしまうことで、すべてを飲み込みあなたを助けます」

彼は挨拶するが、スリーピング・ビューティーはあまり良い顔をしない。
それもそうか……

パックマンは、黄色く丸いぬいぐるみを被っていたからだ。
しかも、その口は何でも食べてしまいそうに大きい。
お世辞にもかっこいいとはいえないその風貌は、やはりビジネスパートナーとして致命的なミスを犯している。

無言のまま困っているスリーピング・ビューティーを見て、おれは決心する。

「他にも協力者はいます。次に行きましょう」

彼女は、小さくこくんと頷いた。

第3話 ポイズン・ピル


「この人はどうでしょう?」

『ポイズン・ピル』を紹介する。

彼は長くて糸のような黒髪。
その髪は夜の闇を連想させ、彼の出現をより不気味に感じさせた。
ポイズン・ピルの服装もまた、彼の邪悪な本性を象徴していた。
黒いローブが彼を覆い、まるで闇そのものが彼を包み込んでいるかのようだ。

「彼は、買収者が無理やりあなたを奪おうとしたときに、これまであなたを支えてきてくれた株主みんなであなたを守れるように、株主たちに力(新株予約権)を与えます」

おれは誠意をもって説明するが、彼女の震えは収まらない。

「わ、私、リンゴの毒で眠らされて死ぬ間際の運命をたどったことがあるので、ポイズンは苦手です……」

初めて口を開くスリーピング・ビューティー。
だが、その言葉は、恐怖におびえた明確な拒絶の言葉だった。

第4話 ゴールデン・パラシュート

おれは、次の協力者を紹介した。

『ゴールデン・パラシュート』だ。

彼は謎めいた男だった。
過去に空挺部隊に所属。
その経歴からは男気と勇敢さが伝わってくるようだったが、退役後の成果は闇の中に隠されていた。

見た目は魅力的で、服装は常に整然としており、彼の笑顔は他の者たちを惹きつける。

そして、爽やかな笑顔から繰り広げられる言葉。

「お嬢さん。会社というのは空挺部隊でいう飛行艇と同じ。もし飛行艇が買収されたとしても、多額の金銭をむしりとって会社から飛び出し、パラシュートで別世界に向かって飛び下りればいいのです」

彼女は、その笑顔を受け入れられなかったようだ。

「私……高所恐怖症なんです……」

首を横に振ると、涙目を浮かべた。

第5話 クラウン・ジュエリー

「つ、次は……」

さすがに、こうも受け入れられないと焦る。
おれは汗を拭きながら次の協力者を紹介する。

「『クラウン・ジュエリー』です」

長身で驚くほどの美形。
彼の服装は見事に洗練され、そのスタイルはまるでファッション雑誌から飛び出してきたかのようで、誰もが彼に憧れを抱く。

そんな彼が、スリーピング・ビューティーの手を取ると軽くキスをした。

「買収を防ぐ方法は、買収される前にあなたの本当の魅力がある部分を逃がしてしまえばいいのです」
「……逃がす?どこへですか?」

スリーピング・ビューティーも、美形の彼と手をつなぎ、まんざらではなさそうだ。

「私と、どこへでも。さあ、行きましょう」

彼は彼女の肩に手をかけると、そのドレスをそっと脱がそうとする。

「あなたの本当の魅力は、生まれたときのままのあなた自身。
 さあ、服などここにおいて、裸になって私の胸に逃げ込んできなさい」

ドレスが肩からIカップの胸まで下ろされたとき、彼女ははっと我に返ると、彼を両手で突き放す。

「……私はそのような気はありません」

さすが、絶世の美女。
色仕掛けでは落ちないようだ。

第6話 ホワイトナイト

次に紹介したのは、『ホワイトナイト』と呼ばれる男だった。

扉が開くと、夜の闇に浮かぶ星々がその輝きを一瞬にして奪われたかのように、ホワイトナイトが登場した。
彼は力強い騎士で、その存在はまるで夢から抜け出てきたようなものだった。
彼の手には、純白の盾と銀の剣が握られており、それらの武器は彼の使命を果たすために輝いていた。

「私は騎士。あなたを買収し、そして敵から守ります」

ホワイトナイトの声は力強く、そして誠意にあふれていた。
その言葉は勇気を与え、希望を授けるものだった。

スリーピング・ビューティーは、その彼の真摯な眼差しに心を打ちぬかれたようだった。

「……はい、ぜひ、お願いします」

彼女は恥じらいながらうつむき、こくんと頷いた。

「では、早速参りましょう。馬車を用意しております」
「はい、では準備をしてきますので、しばらくお待ちください」

こうして、彼女は一旦自室へ戻ると、彼のもとへ飛び込むべく荷物をまとめ始めた。

おれはほっとして、1階のロビーの横に設置されたバーで一杯。
ミッションコンプリートだ。

おれは、ウイスキーをロックで乾杯した。

第7話 デッドマンズ・トリガー

スリーピング・ビューティーが、エレベーターから出てくる。
ロビーで待ち構える騎士のホワイトナイト。

眠り姫を救ったのは騎士だった。
まるで、映画のエンディングシーンを見ているようだ。

……しかし、そこに邪魔が入る。

「ちょっと待ちなさい」

あの、黄色く丸いぬいぐるみをかぶった怪しい男。
パックマン・ディフェンスだった。

騎士が姫の前にさっと出る。
おれもさすがにあわてて飛び出した。

「何用か?」
「お前、不正を働いているだろう?」
「何を失敬な。どこにそんな証拠が?」
「これを見ろ」

パックマンは多数の写真を投げつけた。
写真を拾ったスリーピング・ビューティーは、はっと息をのんだ。

「……どういうことですか?」

床に散らばる写真の一枚を拾い上げると、おれも瞬時に状況を理解した。

それは、ホワイトナイトと敵対的買収を仕掛けてきた相手が仲良く酒を交わしている写真だったのだ。

「ホワイトナイト、どういうことだ?」

沈黙するホワイトナイトに代わり、パックマンが種明かしをする。

「本当の敵はこいつだ。こいつが黒幕。
 そうだろ?ホワイトナイト……いや、『ブラックナイト』!」
「ばれたら仕方がない。強硬手段に出させてもらう」

ホワイトナイト改めブラックナイトは剣を構える。
パックマンがチェリーやリンゴを投げて攻撃。
ブラックナイトは盾で防御する。

その隙をついて、おれはスリーピング・ビューティーを彼のもとから引き離した。

「あ、ありがとうございました」
「……いえ、こちらこそ、この度は、信用できない協力者を紹介してしまい申し訳ありません」

おれは痛恨のミスを犯したことを詫びた。
しかし、スリーピング・ビューティーは首を横に振った。

「いえ。私が騙されたのですから仕方がありません。それに……」

彼女は、パックマンの方へと歩を進めた。

「この度は助けてくださりありがとうございました。ぜひ、あなたに協力を仰ぎたいのです。お願いできますか」

最初は声すらかけなかった、パックマンに協力を願い出たのだ。

「私、ビジネスマンは外見や力ではなく、その中身が大事だと気がつきました。信頼できるのはあなたです。お願いします」
「もちろんです、眠り姫」

パックマンは、徐に被っていたぬいぐるみを外す。
そして、それをブラックナイトに投げつけた。

ブラックナイトは身構える。
しかし、パックマンのぬいぐるみはどんどん膨張し、やがてブラックナイトを丸ごと飲み込む大きさに膨らんだ。

「た、助けてくれ」

パックマンのぬいぐるみが大きな口を開けて、ブラックナイトを飲み込んでしまった。

「これで一件落着です」

ぬいぐるみを外したパックマンは、濃いひげと深いしわが経験と情熱を物語っている中年の男だった。

「ありがとうございました……素敵なお方、本当のお名前を教えてください」

スリーピング・ビューティーは、彼の手をとる。
彼はニヒルに笑った。

「私の本当の名は、『デッドマンズ・トリガー』です」

こうして、スリーピング・ビューティーに対する敵対的買収は未遂に終わり、そして新たな恋が生まれたのであった。

さて、一件落着。
ウォール街に朝日が差し込んでくる。
少し歩こうか。
証券取引所が開くまで時間がある。

どこかでクロワッサンとコーヒーでも買って、食べながら五番街でも散歩しようか。

<完>

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