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小説❤︎春風に仕事忘るる恋天使 第十話

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「……翔さん、水晶はあなたが巨乳フェチだと語っています」

 その一言で占い部屋の雰囲気が一気に凍りついた。まるで、バレンタインデーで誰からもチョコを貰えなかった男子が不貞腐れて独りでスキーに行ったらリフトが強風で止まってしまい極寒暴風のなか鼻水を垂らして耐えるしかないくらいの過酷な空気が流れている。もうホワイトデーも終わったんだからこんな空気は勘弁して欲しい。

「ちょっと待て、ちょっと待てよ。そもそも男性の九割以上はどちらかと言われれば巨……が好きと言うに決まっているじゃんか」

 流石の俺もここで何も反論しないわけにはいかない。何だか俺のすぐ隣からものすごいジトッとした視線を感じるしな。まだ梅雨には程遠い。これからやっと春だと言うのに。

「では、水晶にもう少し詳しいことを聞いてみましょう」

 テーブルの向かいに座る女性はすぐさま水晶に手をかざす。水晶の表面をすらりと撫でるように光が這う。彼女は東京で一番と呼ばれるカリスマ水晶占い師、天晶院玲子。占いサービスをオンライン化した先駆者であり、そして現在急成長しているオンライン占いスタートアップ、クリスタルビジョン株式会社のファウンダーCEOだ。その予言の的中率と神秘的な美貌、そして優れた経営手腕からデジタル水晶女傑と称されている。

「ふむふむ。なるほど」
「え、えっと、ど、どんな結果が?」

 俺よりも美香の方が身を乗り出し嬉しそうに覗き込む。

「おそらく会社に巨乳の想い人がいるようです。多分、直属の上司ではなくて他部署の偉い人。その人にしっぽりと……」
「ちょ、ちょ、ちょっと、翔さん、や、やっぱり大きいおっぱいフェチだったんですか? だ、誰ですか? そのしっぽりの人は……」
「やめーい。もういい。もうわかったから。この話はやめて本題の交渉に入ろう」

 俺は慌てて話を止める。本当にたまったもんじゃない。これじゃあ俺がしっぽり変態に認定されてしまう。その前にさっさと本題に入ろうと話題を切り替えようとするが美香は空気を読まずに食い下がる。

「で、で、でも、本当に天使データセンターのデータと連携できているのか確認するべきって言ったのは翔さんですよ? とことん、やりましょう」

 そう言って赤縁メガネの奥から不敵な眼差しを向ける。まったく、いっつも眠そうな表情しているくせに、こんなときに限って……

「それでは……」

 玲子は淡々と切り返した。

「次は美香さんを占って差し上げましょう」
「……え?」

 とたんに美香の顔が薄ピンクに染まる。

「な、な、なななにを言ってるんですか? 私なんて占っても面白くもないですよ。何も出てこない、ただの派遣OLですよ?」
「いや、それいいな。テストのサンプルは多いほうがいい。そうだろ?」
「そ、そ、そうですけど……やっぱダメですぅ。だ、ダメですってばぁ〜」

 美香の慌てっぷりには耳も貸さず、玲子は水晶に手をかざ占いを継続する。

「私たち占い師は天使データセンターとAPIサービス契約をしているんです。タロット占い師はカード、易占師は筮竹、私たちは水晶を天使データセンターのAPIを通じて念波で繋げて占いに必要な情報や分析結果を天界からダウンロードしています」

 玲子の水晶玉がピンクに染まっていく。

「さらに、水晶は電子共鳴によってインターネット回線とブルートゥース接続しています。これによって占いをオンラインで提供できるんですよ」

 今日は対面での占いだが、すでに占い事業の主流はオンライン占いに変わってきているらしい。時代の流れは早いものだ。

「そろそろ水晶の中の画像がかなり鮮明になってきました」

 こちらからはよく見えないがピンク色の画像が映し出されているようだ。美香の顔は水晶玉と同じ、いやそれ以上のピンクに染まり赤縁メガネの奥の瞳は不安げに狼狽えていた。


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