あいつは黙って旅立った

ある日の午後、森のなかであいつは黙って旅立った。
あいつにはボクのアイデンティティを預けていたのに。
それらを背負ったまま、知らぬ間にボクの元から消えた。

たしかにボクはアイデンティティって奴を軽く扱っていた。
やれ虚構だ、やれ幻想だ、と馬鹿にしながら、あいつに背負わせていた。
あいつは何も不満を言わず黙々と背負っていた。

あいつがいないことに気づいたのは翌朝だった。
ボクは慌てふためいた。
居て当たり前のあいつがいないのだ。
一緒にいることさえ気にせず連れ立っていたあいつが、どこにもいないのだ。

ボクはあいつを探した。
そこらじゅうを探し回った。
焦り、狼狽え、絶望を感じながらも探した。
見つからなかった。
あいつは居なかった。
やはり、昨日の森のなかしか考えられない。
あいつは、一人黙って森のなかで旅立ったのだ。

あいつアイデンティティをつれて消えたのだ。
もしやボクに何かを訴えたかったのか?

ボクは身体に穴が空くのを感じた。
虚構で、幻想であってもそれを頼り生きていたんだ。
それらに寄りかかって生きていたんだ。

ボクは諦め、ポッカリと空いた穴を埋めることにした。
ボクがボクとして生活するために穴を埋めるしかなかった。
失って思い知らされた。
ボクは無力だったんだ。
虚構や幻想に振り回されずには生きられないんだ。
虚構でも幻想でもない現実なんだ。

まずは警察にあいつが消えたことを相談しよう。

あいつが悪いヤツに拉致されたら、、、
ボクのアイデンティティたちは利用され地に落ちる。
そうなることは避けたい。
なんだこの「本人確認」ってのは、、、ん?CIC?
ボクがボクであることに証明書がいるのか???
ボクはここに存在するだけでボクではないのか?
ボクはなにをしてボクであるのだぁああああ

ちょっとまて、
それよりまえに、クレジットカード・・・
そしてキャッシュカード・・・
健康保険証・・・
運転免許証・・

・・ボクの輪郭が消えかかり、絶望の淵にたったときに電話がなった。

え、あいつが見つかったって?
嘘だろ?
あいつは、森のどこかで野垂れ死にしてるはずだ。
ほんとに、見つかった?
だって森のなかだぜ、、、、、
あのちっぽけなヤツがどうやって見つかるのだ?

にわかには信じられなかった。でも、、、
あいつは夜露に濡れながらも生還した。
アイデンティティを背負ったまま・・・・
奇跡の生還だ。

あいつ、、、ボクの財布と・・・

3日ぶりの再会・・・

奇跡はあるんだ。

※ ※ ※ ※

友人の友人である「森のスペシャリスト」たちによって保護されました。
ボクは完全にあきらめていたのに、友人はスペシャリストたちに依頼してくれました。
スペシャリストたちは、流石にすごい目を持っていると感じます。
感謝です。ありがとうございました。
友人にも感謝、本当にありがとうございました。

最悪の年の始まりと思っていたが、奇跡が起き転じました。
幸せな気持ちを感じています。


よろしければサポートお願いします