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ハードボイルド的平成怪奇小説傑作集論「ある体験」編

ハードボイルドと怪奇小説の相性がどうなのか、2019年はずっとそのことについて頭を悩ませていました。しかし考えても答えが出ないので、禅宗に行って千日荒行をした結果、もうなにがなんやらわからなくなったので、まあ、とにかく何か始めたいと思います。

怪奇小説がなぜ、SFやミステリーを尻目に速攻で平成の総括ムーブができたかというと、それはひとえに東雅夫御大の…というわかりきった話は冥王星のかなたにフライハイして、ここはひとつハードボイルド風に言わせていただければ、
「『平成』と『怪奇』という単語の相性が良かったのだ」
としか言いようがありません。
ではここで実験を。
「平成SF小説傑作集1」
「平成ミステリー小説傑作集1」
「平成怪奇小説傑作集1」

はい、結果は見ての通り、平成とSFをくっつけると両方の単語が内包している古臭さが際立つとは思いませんか? まるでワイン呑みながらサバ喰っているいるかのような…。つまり「平成」という単語を最大限引き立てるのはやはり「怪奇」、それしかない!まるでテツ&トモ、ダリル&ホーツ。荒行の後遺症でまだ頭の上から滝が流れている幻影が見えているので、この件はこのくらいにしたいのですが。
それでは各作品を一つずつ追う事で、アンソロジー全体のアーキテクチャがどうなっているのか、見ていきましょう。

①ある体験 吉本ばなな

まず、一発目に吉本ばななさんを配置することにどういった意図があるのか? もちろん作品の素晴らしさといった点は横に置いておくと、それはやはり『フック』としての機能が吉本ばななさんにはあるからだと考えられます。平成怪奇小説は表紙に収録されている作家名を配列していますが、

本屋で面陳されるとき、作家さんに目が行くわけですね、そこの一発目に「吉本ばなな」さんの名前があると、「おや?」と「キッチン」だけしか履行していない人々にとって吉本ばななさんが「怪奇小説」のくくりに入ると「おやおや?」と思うわけです。さらに言うと、「ばなな」の部分はひらがなで開いているうえにとにかく「ばなな」ですから、失礼を承知で言えばトップが「篠田節子」という字ずらよりも「軽い」。また最後に収録されている「宮部みゆき」さんも「みゆき」とひらがなで書かれているので、全体的に重くなりがちな「作家名陳列」タイプの表紙でも、一定の「軽さ」とちょっとした「違和感」が生じることで、普段怪奇小説を手に取らない人でも、手がでてしまうマジックがここにあるのです。

えーと、内容に触れるのをわすれていたので、触れますけど、この作品が書かれたのは1989年です。1989年がどうだった年かというと、
◎美空ひばりさん死去
◎ベルリンの壁崩壊
◎天安門事件
◎バブルまだ続いている
まあ、そんな感じです。
つまりですね、まだバブルで景気良かったみたいなんですね。
そのバブル観が「ある体験」には色濃く反映されていると、私は探偵しているのであります。まあ、もうラジオの方で言っているかもしれませんが。

「ある体験」の主人公は酔っぱらってアルカホイック半歩手前です。この状態がつまり、バブルに病んでいた日本の象徴です。といったら踏み込み浅くて、色んな人から怒られそうですけど、ハードボイルドは行動する探偵ですから頭脳はこんなもんです。「ある体験」のストラクチャーを簡単に言いますと。えーと、ストラクチャー…てなんだっけ…。
とにかく「ある体験」は怖くないんです。それどころか、一人の男を巡る三角関係の話から、恋敵同士で一瞬、気持ちが通じ合って…みたいな、スィートな話なんですよ。例えるならすごく飲みやすいカクテル。比喩の語彙がなくて自分でもがっかりしてますが、「平成怪奇小説傑作集」という看板の割には非常にリーダビリティもよく、最終的には主人公が霊的なもの通過して、心の回復に向かう、という話なので読後感がとてもいいですよね。
アンソロジーの一発目はやはり、「読む前の意表をつく」と「リーダビリティ」と「読後感の良さ」この三位一体が混然とならないと、スタートダッシュがきれないわけですよ。つまりどんなに優れていても冒頭に「グノーシス心中」もってきちゃうと、「怪奇小説」を読むか読まないかのボーダーラインの読者、通称「ボーダーライン読者」を引き込めないわけですね。

つまり、何がいいたいかというと、「ある体験」をこのアンソロジーのトップに持ってきたからこそ、三刷も刷られている推進力を生み出したのではないか、そんなことを考えて、考えて、どうするんだおれは…

では、さようなら。元気がでれば続くかもしれません。



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