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⑰ラオスの魅力と喪失No2.(ルアンパバーンから)

前回の続きです。いきなり質問です。

ルアンパバーンのすぐ北を通る中国の高速鉄道をどう評価すべきなのでしょうか?

(川を北上した際の右岸の光景)
(川を北上した際の左岸の光景)

私たち日本人が、日本人の尺度で考えてしまうと「ラオスの政治家や高官が中国に買収されて民衆の意見を尊重せずにラオスという国を売り渡した。しかも、鉄道の目的はラオスではなくラオスはあくまでも通過地点であり、真の目的はタイやシンガポールと繋がることで、物資や人の輸送を効率化して周辺地域を支配下に置こうとしているため、ラオスの国益にはならない」という結論になるのではないでしょうか?

それでは、質問のヒントになる参考資料を以下に3つ提示します。

フレッチャースクールで習った国際関係の手法に基づくと、ラオスの鉄道建設を1.国際システム、2.ASEAN(隣国)のなかでの関係性、3.ラオス国内の現状の3つの視点から考察することが必要です。

「何もなかった建設予定地、中国-ラオス鉄道が描く不透明な未来」のポイントは以下です。 この記事には、2.中国との関係性、3.ラオス国内の現状が触れられています。

●ラオスの本格的な鉄道建設は初めてであり、多くの現地人が中国に行くのが便利になり、中国製の製品がより入手したくなると期待している。
●他方、中国とラオス政府の取引内容を国民は知らず、知ろうともしない。
●今回の鉄道は、中国の雲南省昆明からラオスのビエンチャンまで全長427km。60%が高架やトンネルで、中国で普及している旅客貨物混用の線路が敷設される。
●最高時速160キロで、中国は2020年の完了を謳っていて、必要な10万人に達する労働者の多くが中国人の予定。
●ラオスにとって中国は最大の投資国で1998~2014年までの累計額は約54億ドル。 鉄道建設はラオス国内で史上最大のインフラ案件で、総工費は約60億ドルでそのうち42億ドルが中国が負担する。
●ラオスは周辺国との連結による経済発展を志向していて、今回ラオスの負担も10億ドルに満たないため懐疑的見方を改めた。
●タイとの連結はタイ政府の意向で当分難しい。
●2015年末に起工式が行われたのは、一帯一路構想と、華人政治家のソムサワート・レンサワット副首相の任期中最後の置き土産によるもの。

次に、ラオスとタイの関係性を示した文献を引用します。
下川祐治さんの旅行記『週末ちょっとディープなタイ旅』です。

ラオスとタイの二国間関係になると違った様相が見えてくるという面白い指摘があります。
この文章では2.タイとの関係性、3.ラオス国内が記載されています。
少し長くなりますが、以下引用します。

 タイからラオスのビエンチャンまで鉄道を建設する。その話を聞いたのは、20年以上前である。ラオスは海に面していない内陸国だ。そのデメリットを補う計画だった。タイ領内のスタートはシャム湾に面したレムチャバン港だ。そこから既存の線路を伝って列車は北上していく。そしてメコン川を越えてビエンチャンへ。それが青写真だった。ラオスからの輸出品も、このルートを使ってレムチャバン港で船に積まれていく。
タイはビエンチャンまでの線路建設の予算も計上していたという。
しかしそこに横やりが入る。中国である
 中国は雲南省から南下する鉄道計画をもっていた。ラオス国内の鉄道は中国がつくる腹づもりだった。
 タナレーンからビエンチャンへと続く鉄道でタイと中国の主導権争いがはじまってしまった。その硬直状態のなかで、鉄道建設はストップしてしまったのだ。
 ラオスは山がちな土地に広がる小国である。世界はもちろん、東南アジアのなかでも、その影は薄い。世界やアジアの歴史にもほとんど登場してこない。そしてこれからも、存在感が高まっていくことはないような気がする。しかし彼らにも誇りはある。
タイから大臣や高官が乗り込み、したら顔でこういったのに違いない。
「タイとラオスを結ぶ鉄道がラオスにもたらす利益は計り知れないですよ。それをタイの資金でつくることができる。こんないい話はないじゃないですか」
その言葉をラオス人はどう聞いたのだろうか。
タイ人は穏やかな人たちだ。ラオス人はタイ人以上におとなしい。しかしそれは世界とか東南アジアという視点から見た評価で、ふたつの国だけになると、そこに流れる空気は一変する
 ビエンチャンには多くのタイ人がやってくる。仕事を抱えた人もいるが、気軽な観光気分でやってくる人も多い。タイ語とラオス語は方言ほどの違いしかなく、互いの言葉をかなり理解できる。
 ビエンチャンの食堂に入る。そこはタイ人観光客がいる。タイ人の態度は大きい。言葉遣いも横柄になる。タイ人はラオス人を見くだしているのだ。そんなタイ人の態度にじっと耐えるのがラオス人。そんな風に映る。しかしラオス人さ腹のなかで呟いている。
「なんだあの態度は。まるでラオスはタイの属国といった感じじゃないか。少々金をもっているからといって…」
その象徴がビエンチャンにあるワット・ホーパケオだろうか。ワット・ホーパケオ…。連想する寺の名前があるはずだ。タイ語とラオス語は方言ほどの違いしかない。そう、バンコクにあるエメラルド仏で有名なワット•プラケオである。
 ツアー客をワット・ホーパケオに案内するガイドはこんな説明をする。
「バンコクのワット・プラケオにあるエメラルド仏はもともと、この寺にあったんです。タイがラオスを攻めたとき、この寺から奪いとっていってしまったんです」
 その言葉の背後には、もしエメラルド仏がワット・ホーパケオに残っていたら、バンコクのように多くの観光客が訪れる…という皮肉が潜んでいる。
エメラルド仏をめぐる話は東南アジアの各所に残っている。上座部仏教圏には、いくつものワット・プラケオがある。タイのチェンラーイ、ミャンマーのミャイントン…。
ラオス人と親しくなると、彼らはこんなこともいう。
イサーンと呼ばれるタイの東北地方はもともとラオスのものだったんです。それをタイが奪って領土にしてしまった
タイはエメラルド仏どころではない土地と人をラオスからとってしまったことになる。
メコン川を遡るボートに乗ると、その意味の重さを理解できる。山間部を進んだボートが北上していく。西側の山が途切れ平地が現れる。そこからがタイ領なのだ。ラオス人の言葉を借りれば、タイは農業に適した平地だけを奪ったことになる。「山のなかに私たちを押し込めて…
最後はそこに辿り着くわけだ。
 ラオス人は、これまで何回となくタイ人の口車に乗せられ、軍隊に攻められ、多くのものを奪われてしまったというストーリーである。
「タイとラオスを結ぶ鉄道が完成した暁には…」
タイ人のそんな言葉を信じるわけがなかった。
それが小国の宿命というものだろうか。タイよりはもう少し、ラオスの未来を共有できる国を探し求めるようなところがある。大戦後、ラオスは一気にベトナムとの関係を深めていく。ラオスのことを親身になって考えてくれる国−そんな国は世界にはない。国というものは、そもそも自国の利害を優先するものだから、そんな願いは理論矛盾を生む。それでも人のいいラオス人はベトナムにすり寄ってしまう。
 ベトナム戦争時代、ラオスは当時の北ベトナムの後方支援の役割を担う。ホーチミンルートはラオスを通っていた。その後もラオスはベトナムに追従していく。サイゴンが陥落した1975年に王政を廃止して、ラオス人民民主共和国を樹立している。
 専門家にいわせると、「ベトナム戦争でベトナムは買ったのではなく、負けなかった」ということになる。アメリカは撤退したが、ベトナムは経済的に破綻していく。中越戦争、カンボジア侵攻のなかで厳しい経済制裁を受ける。旧ソ連や東欧との関係だけが国を支えるような状態だった。
 その後、ベトナムはドイモイという自由経済や開放政策をとり入れる方向に転換していく。ラオスもそれに倣って政策転換していく。
 はじめてラオスを訪れたのは、政策転換がはじまってそれほど年数がたっていない頃だった。ようやく外国人旅行者もラオスに入国できるようになったのだ。しかしビエンチャンはまだ閑散としていた。ゲストハウスもなく、僕は市内の安めのホテルに泊まった。エアコンもテレビも、当時はまだひとつの国だったチェコスロバキア製だった記憶がある。エアコンは音だけは大きいのだが、申し訳程度の冷気しか出ないという代物だった。雑音混じりで映るテレビでは、信号の渡り方を繰り返し放送していた。
 当時のラオスは、どこかベトナムの弟といった雰囲気があった。ラオス政府も、政策のひとつひとつを、ベトナム政府にお伺いを立てていたという話もある。
 タイはラオスを属国扱いし、ベトナムは弟分の意識で迫ってくる。タイ人もベトナム人もひと筋縄ではいかない。タイ人は周辺国の人々に対して居丈高な態度をとることが多い。ベトナム人も似たところがあるが、ベトナム人はタイ人よりももっと狡猾である。まあ、どっちもどっち、という気がしないでもないが。
だから中国なのだろうか。
(中略)
 ビエンチャンの中心街に、『True Coffee』ができたのはいつ頃だっただろう。泊まっていた宿のネット環境が不調のとき、しばしば入った。ここもタイ資本の店だった。通信会社の大手、Trueが運営するカフェがビエンチャンに進出した。
 ラオス人は、「タイの文化ばかりが入り込んでくる」と唇を噛むかもしれない。しかしFujiやTrueはタイ人向けに店をつくったわけではなかった。反発はあるかもしれないが、狙いはラオス人だった。
しかし中国は違った。
 中国人のための街をビエンチャンにつくってしまう。こんな話を知らないわけではなかった。中国は資本も出すが、人も送り込んでくる…。そんな世界を目の当たりにすると、やはり怖かった。それはラオスを食い物にする、といったレベルの話ではなかった。

『週末ちょっとディープなタイ旅 下川祐治』第6章 タイとベトナムを嫌い、ラオスが近づいた中国の怖さ

常日頃、東南アジアの現場を見ている下川さんの言葉だけに、現実味があります。ポイントは

①ラオスは小国として、タイ、ベトナムと親身になってくれる国を探してきたが、各国は自国の国益を一番に考えていて痛い思いをしたために現在は中国にすり寄っている。
②中国は、自国のための街をラオスに建造しているため不気味である。

という2点になります。

中国のインフラ輸出プロジェクトの受けが悪い理由はアフリカでもよく言われたことではありますが、中国は人・もの・金を全て本国から持ってくるために、相手先の国益に繋がらないためです。

最後に、ラオスのみならず中国の鉄道建設を1.国際システムから見た文献を引用します。中野剛志さんの『富国と強兵』です。

 ユーラシア大陸に鉄道などの輸送インフラを整備し、大陸の資源を確保する。この「一帯一路」構想が、マッキンダー的な地政学ヴィジョンに基づいていることは明らかであろう。実際、中国人民大学の温鉄軍(Wen Tiejun)や王叉木(Wang Yiwei) といった中国の研究者たちは、「一体一路」構想の意義を説くに当たって、マッキンダーに言及しているのである。
 マッキンダーは、ユーラシア大陸を横断する鉄道が敷設されたことを以て、ランドパワーがシーパワーに対して優位に立ったと論じた。「一帯一路」構想は、この大陸横断鉄道を、ウラジオストクを起点とする「第一ランドブリッジ(シベリア横断鉄道)、江蘇省連雲港を起点とする「第二ランドブリッジ」、広東省深圳を起点として南アジアを横断する「第三ランドブリッジ」の三本にしようとするものである。この三本の大陸横断鉄道に加えて、高速道路や石油・パイプラインをいった、マッキンダー時代にはなかった輸送インフラの整備も計画されている。
(中略)
 中国が推進しようとしているインフラ整備の最終的な目的は、単なる需要創出や経済発展の基盤整備ではない。「大陸の資源に加えて海の正面に立つ」ことである。内陸部のインフラ・プロジェクトの推進を通じて、ロシアやイランなどユーラシア大陸の主要な修正主義勢力と連携し、さらにはヨーロッパ諸国をも引き入れることができれば、アメリカによるユーラシア支配を終わらせることができる。

『富国と強兵 中野剛志』序章 地政学と経済学

国際システムから見れば、中国の鉄道建設は経済的な合理性ではなく、資源確保、ユーラシア大陸からのアメリカの締め出しといった安全保障上の理由が主となっています。そのため、たとえ利益度外視であろうと構わないことがわかります。

それでは、上記の3つの引用を踏まえて最初の疑問に戻ります。

ルアンパバーンのすぐ北を通る中国の高速鉄道をどう評価すべきなのでしょうか?

最初の想定である「ラオスの政治家や高官が中国に買収されて民衆の意見を尊重せずにラオスという国を売り渡した。しかも、鉄道の目的はラオスではなくラオスはあくまでも通過地点であり、真の目的はタイやシンガポールと繋がることで、物資や人の輸送を効率化して周辺地域を支配下に置こうとしているため、ラオスの国益にはならない」は正しいのでしょうか?

1.国際システム
 中国にとって鉄道建設は、対米戦略、資源確保戦略の一貫であり、ラオスは通過点に過ぎない。

2.ASEAN(隣国)のなかでの関係性
 ラオスは小国として過去にタイ・ベトナムとバンドワゴンしていたが、現在は中国に傾きつつある。

3.ラオス国内の現状
 華人政治家と中国との個人的関係がプロジェクトを促進。国民レベルでは中国嫌いもあるが、過去に鉄道が存在しなかったため、中国に行くのが便利になり利益をもたらすという期待もあり。国民生活レベルでは中国製品が一般的。

ラオスという国を通じて、国際関係を見ると小国の苦悩がわかります。ルアンパバーンの高速鉄道のみならず、ビエンチャン郊外のショッピングモール、国境地帯の森林伐採等においても中国の不気味さが表れているようですが、しばらく中国の影響力が強くなりラオスが呑み込まれていくと予想できます。

それは、中国のラオスにおけるインフラ関連プロジェクトが、経済的な理由ではなく、安全保障上であるため利益度外視で実行するからです。

ラオスという国は中国の一帯一路構想の進捗状況のバローメーターになるため、今後も注視していきたいと思います。

See you next from Myanmar.

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