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報復を望まないーミニ読書感想「最期の審判」(ロバート・ベイリーさん)

弁護士マクマートリー4部作の最終巻、「最後の審判」を読んだ。年の瀬になって今年のベストを更新する勢いの、素晴らしい物語だった。

マクマートリー・シリーズは、これほど面白いのにそれほど話題にはなっていない印象。それがすごくもったいない。だから何回も何回も「このシリーズは最高なんだよ」と訴えていかないとならない。

あらすじでいえば、主人公の弁護士が持ち前のタフさと聡明さを活かし、巨悪を追い詰め、難局を逆転し、どんな理不尽にも決して屈しないという実にアメリカンなもの。しかしそれを圧倒的熱量でやりきっているのが本作の強みだ。単なる勧善懲悪劇を超越している。

どうしてそこまで熱を持って「不屈の正義」を描けるのか。それは、作者のロバート・ベイリーさんが癌と闘い倒れた父と、いまも癌と闘う妻にこの物語を捧げたからだと感じている。この物語は不特定の誰かにではなく、まずその2人への讃歌として、エールとして編み出されたからこそ、特有の熱を持つ。

最終巻「最後の審判」では、主人公をまさにその癌が襲う。しかも末期癌だ。誰にも負けない主人公が、それでと避けきれない「死」と向き合うことになる。

さらに、シリーズの宿敵だったシリアルキラーが、この局面で死刑執行前の刑務所から脱獄する。バットマンシリーズで言うところのジョーカーが、最悪のタイミングで主人公に迫るのだった。

シリアルキラーは前巻で、別事件解決のためにやむを得ず面会に来た主人公に「必ずここを出でお前に審判を下す」と宣告していた。主人公の命だけではなく、主人公が大切にする息子や孫も地獄に突き落とす、と。

身震いする悲劇が現実味を帯びる。しかも主人公は病に蝕まれ、対抗する力さえないのだ。そんな中でも、彼は正義でいられるのか?不屈でいられるのだろうか。

読者は心配になる。もう無理だろう。いくら作者の実の父や妻に似せた、心から信じる人を投影した主人公でも、これは乗り切れないだろうと。まさに迫真だ。

何度も何度も奔流のような展開にさらされ、読者は一気に結末まで連れていかれる。そこで改めて、なぜ作者がこの物語を描きたかったのか、どのような思いで描き切ったのか、涙ぐみながら思いを馳せることになる。

原題に含まれる reckoningは、「報復」という意味と「審判」という意味があるそうだ。シリアルキラーは主人公への審判と言ったが、その実は報復だった。自分を出し抜いたことへの報復だからこそ、シリアルキラーらしからぬ感情的な攻撃にこだわった。

主人公の姿勢はこの対局にある。法と正義の下に適切な審判を望む。あるいは、困難に決して屈しないという姿勢は、大いなる審判が下るまでは諦める必要がないという強力な信念に裏打ちされている。

人生に審判を望み、報復は望まない。生きることを終えるその時まで、同じ心持ちで生きる。読者はシリアルキラーに背を向け、主人公の轍を追いかけたいと強く思うことになる。

信じることが難しい世の中だ。生きることもまた、どんどん難しくなる。そんなときにマクマートリーシリーズは、羅針盤になってくれる。素晴らしい物語だ。

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