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父の癖と僕の夢

僕の父は寡黙な人だった。それはもちろん家族の食卓においても。

家族揃っての夕食の時の父はいつも体ごと目の前にあるテレビの方を向いていて、後ろで一緒にご飯を食べている母や姉と僕の方を見て話すことは滅多にない。もちろん全く話さないわけではないけれど、話している間も父の顔がこちらを向くことはほとんどなかった。

なので父のことを思い出すと、TVを見ている横顔、それも2/3以上はほぼ後頭部な横顔が思い浮かぶ。

そんな父の口癖といえば「お父さんのテレビ(時代劇のこと)が始まった」と「どーれ、お父さんはつかれつかーれ(テレビを見終わって自分の寝室に向かう時の謎の合図)」の二つ。

小さい頃は、世の父親というものは皆そんなもんかと思っていたが、そのうちに友達の家に遊びに行くことが多くなると、世の父親はそんな人ばかりではないことに気づき始めた。

ある時小学校の友達の食卓にお呼ばれした時に、笑顔で饒舌に話しかけてくる友達の父親を見て、ちょっとびっくりしたことを覚えている。そんな経験を経て「うちの父親は人より話すのが苦手な人なんだな」とようやく気づきはじめたのは小学校高学年の頃だったかもしれない。

ただある時、僕が高2になった頃に母親が実家にしばらく泊まりに行ってしまい、姉も修学旅行に行ってしまったので父と僕の2人の生活が2日ほど続いたことがあった。

きっと父もいつもと違う雰囲気に気を使っていたのか、しゃばしゃばのやけに水っぽいカレーを作ってくれたり、食事中もいつもより話しかけてくる回数がちょっと多かった。

ただ父も慣れないせいか、いつの間にか会話は途切れ、しばらく沈黙が続いた。

そしてふいに、父はこう聞いてきた。

「いま彼女はいるのか? 俺の息子だから、きっといないんだろうな」と。

もちろんその時もいつものように、父の顔はテレビの方を向いたままだ。沈黙の間も父の横顔はテレビの目まぐるしく動く光に照らされていて、その顔色もそれに合わせて忙しく変わっているかのように錯覚しそうになる。

当時ぼくは夏頃から付き合っていた彼女がいたので、

「いや、いるよ」と答えた。すると父は「そうか。よかったな」とだけ答えて、あとは無言でテレビを観ていた。

内心「そこから何も聞かないんかい!!」と思ったけど、色々説明するのも面倒なので後は僕も無言でテレビを見ながら、水っぽいカレーをひたすら喉に流し込んでいたことを覚えている。

あの時父はなぜ突然あんな質問をしたのか。そしてその後なぜ質問を続けなかったのか。今となってはよくわからない。

ただ大人になった今になって当時の事を思いだすと、もっと父と何気ない話をしておけばよかったなとちょっと後悔している。

こんど実家に帰った時には父だけを外に連れ出して、個人経営の居酒屋のカウンターで肩を並べながら、高校の時の彼女の話や父と母の馴れ初めの話なんかをつまみにお互いにビールをグラスに注ぎ合う、そんな夜を過ごすのが最近の僕の夢。


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