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(加筆修正)エッセイ「クラシック演奏定点観測」第12回トン・コープマンのメサイヤ1987年

エッセイ

「クラシック演奏定点観測〜バブル期の日本クラシック演奏会」第12回


トン・コープマン指揮

アムステルダム・バロック管弦楽団&オランダ室内合唱団

ジリアン・フィッシャー(ソプラノ)、マイケル・チャンス(カウンターテナー)、ギィ・ドゥ・メイ(テノール)、マイケル・ショッパー(バス)

1987年来日公演

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後援:オランダ大使館
協賛:BMGビクター/日本フォノグラム
協力:オランダ政府観光局 日蘭学会 日蘭協会
提供:NASA


⒈  トン・コープマン指揮 アムステルダム・バロック管弦楽団&オランダ室内合唱団 ジリアン・フィッシャー(ソプラノ)、マイケル・チャンス(カウンターテナー)、ギィ・ドゥ・メイ(テノール)、マイケル・ショッパー(バス) 1987年来日公演


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公演スケジュール

1987年
11月
12日 松本
13日 藤沢
14、15、16日 東京
17日 福島
18日 松戸
20日 愛知
21日 京都
22日 和歌山

23日 大阪
ザ・シンフォニーホール
ヘンデル「メサイア」


※筆者の買ったチケット C席 シンフォニーホール2階LA9番

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バロック音楽については、当時、あまり興味はなかった。本当は、クラシック音楽を聴くなら、バロックもある程度聴かなければいけないのだろうが、オーケストラ音楽ばかり聴き漁っていたので、バッハにしてもヘンデルにしても、好みではなかったのだ。もっとも、吹奏楽をやっていた関係で、ヘンデルの「王宮の花火」「水上の音楽」、それにバッハの管弦楽組曲とブランデンブルク協奏曲は一通り聴いた。ちょうど、ヴィヴァルディの「四季」が大流行りだった時期でもあるのだが、一度聴けば十分で、重ねて聴こうとは思わなかった。
そういう不真面目なリスナーだったのだが、ヘンデル『メサイア』だけはきちんと聴きたくて、このコープマンの来日公演に行った。
それというのも、高校生の時の音楽の授業で『メサイヤ』の「ハレルヤ」コーラスを歌ったことがあったからだ。
「ハレルヤ」はそれまでにも聴いたことはあったのだが、実際に歌うと、これほど難しい合唱曲もないだろう、というぐらい難しい。特に、筆者はテノールパートだったのだが、音が平気でオクターブを上下する。きちんと発声の基礎を学んでいない高校生には、いささか難しすぎる曲だった。それに、この時は、吹奏楽部で伴奏をする方に入っていたので、演奏はさらにやっかいだった。何しろ、バロック曲のオーケストラ版を、素人編曲で適当に吹奏楽アレンジしただけの楽譜なのだ。バロックの音域は、近代オーケストラのものとはずいぶん違うというのに、それをさらに吹奏楽の楽器に当てはめて書き直したものだから、音域がめちゃくちゃで、ホルンの楽譜は、チェロやらビオラやらの弦楽器パートを書き直した部分もあって、ものすごく演奏しにくかった。

以来、この曲に接する機会はなかったのだが、ふと、この来日公演でオラトリオ『メサイア』全曲を聴いてみたくなったのだ。
ちょうどその頃、聖書を読んでいたというのも影響していた。これは、音楽とも信仰とも関係なく、当時の筆者が、いわゆる世紀末的雰囲気にかぶれていたからだ。もともと、中学生ぐらいの時に「ノストラダムスの大予言」の本を読んだことがきっかけで、1999年に人類は滅亡するのでは?という漠然とした不安感が、いつも心に引っかかっていた。その後、キリスト教の聖書の中にも、人類滅亡を予告するような内容があると知って、興味半分、聖書を全部読んでみようと思い立った。いわゆる終末の予言のようなものは「ヨハネの黙示録」がそれにあたるのだが、聖書は、改めて通して読んでみると、とてもドロドロしたお話が多くて、なかなか面白かった。もっとも、旧約は全部読み通すことはできず、詩篇で挫折したのだが。
ともあれ、ヘンデルのオラトリオ『メサイア』がキリストの復活までを描くものだということは知っていたので、音楽劇として描かれたキリストの物語を聴いてみたくなったのだ。それでも、CDを買うには、値段的にいささかハードルが高かったので、コンサートでいきなり聴いてみよう、と思った。


⒉  バロック音楽と古楽器演奏の魅力


そんないい加減な状態で聴きに行ったコープマンの『メサイア』だが、正直、あまりに小編成すぎて、音楽としてはちょっと物足りなかった。特に「ハレルヤ」は、自分が以前、高校生のとき、大合唱を大編成の吹奏楽で伴奏した経験があることもあり、コープマンの率いる最少人数のコーラスと演奏は、かなりがっかりだった。だが、それも予備知識なしに聴きにきた自分が悪いのだ。
今から思えば、あの時のコープマンの「メサイア」は、当時、考えられる最高のメンバーで、最良のコンディションで演奏されたものだった。
特に、カウンターテナーのマイケル・チャンスは、この当時、世界的なスター歌手だったのだが、この時にはまだ、その値打ちがわからないまま、漫然と聴いてしまったのが、今となってはもったいないことをした。

※マイケル・チャンス
http://ml.naxos.jp/artist/2673


その後、バロック音楽にも馴染み、古楽器で演奏されるヘンデルも、好んで聴くようになった。
特に、鈴木雅明率いるバッハ・コレギウム・ジャパンのバッハとヘンデルに惹きつけられて、よく聴くようになった。『メサイア』も、このコンビが本拠地・神戸松蔭女子学院大学のチャペルで録音した素晴らしいCDを聴いて、ますます楽曲の美しさに気づかされた。

※鈴木雅明とバッハ・コレギウム・ジャパン
http://bachcollegiumjapan.org/masaaki_suzuki/


※バッハ・コレギウム・ジャパンの『メサイア』
http://ml.naxos.jp/album/BIS-CD-891-92


ところで、今回の公演パンフレットの、メンバー表を見るともなく見ていて、仰天したのだが、オルガンが鈴木雅明、とあるではないか。
まさか、初めてバロック演奏のコンサートを聴いた時に、すでに鈴木氏のオルガンを聴いていたとは、巡り合わせの面白さを感じる。


※Masaoki Suzukiとある

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※この公演パンフレットの写真でオルガンを弾いているのが若き日の鈴木雅明氏だろうか?

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