自分の人生。自分がいいと思ったことを精一杯やりなさい
「自分がいいと思ったことを精一杯やりなさい」
これは私の人生を180度変えてくれた恩師の言葉である。
時はさかのぼり専門学生時代。
まだ若く、世間を知らず、何もやりたいことや信じるものもなく、
ただいたずらに時間を消化していた時期。
そんな若き私に、恩師が授けてくれた言葉。
今日は、恩師の言葉を受け、
それから私が日々大事にするようになったことを
恩師との記憶を遡りながら書いてみようと思う。
人生の岐路は突然に
専門学校の授業に「販売士資格取得講義」があった。
販売、つまり商売におけるイロハを学ぶための資格で、恩師はその授業の外部講師だった。
あまり歳がいってるわけではないが、頭は薄く、素肌にワイシャツを着るせいで夏場は汗でスケスケ。しゃべり方も独特。
最初は変な人だと思った。割と真剣に。その最初の授業で彼は言った。
「やる気がない人は寝ててください。単位はやるんで。」
ほう。素晴らしい投げやりっぷりだなと思った。正直。
でも違った。
彼は「やる気がないなら、やる気がある人の邪魔になるから、邪魔するくらいなら静かに寝ててくれ」という意味で言っていた。
案の定、クラスの4分の3くらいは寝た。
私はなんとなく面白そうな人だと思ったから起きて聞いていた。
すると
「私が講師を引き受けた理由は、みんながきっと勉強嫌いの劣等生だと思ったからだ」といった。
すごい。いきなり全員をディスる。これには素直に関心した。
でもその後「勉強嫌い、劣等生、いいじゃないか。伸びしろしかない。そんな君たちと楽しい世界を目指せる。こんなに楽しいことはないと思った」と続けた。
この人、完全に一言多い人だと思った。
でも、なぜか嫌な感じはしなかった。
これが私の人生の最初の岐路だったと思う。
言葉には言霊が宿る。それは聞く側に伝わる
恩師は様々な名言(迷言)を発信した。
「学校の勉強なんてつまらない。でも生きた知識を学ぶことは面白い」
「素晴らしいブランドは小学生の来店者を絶対に追い出さない。なぜならその子は数十年後のお客様だから」
「共犯者をつくりなさい。そしたら何をやっても楽しめるから」
「聞いたことを聞いたままにしちゃダメ。やってみたことに変えなさい。」
などなど。(もっと色々言ってたがちょっとうろ覚え)
そして、彼の言葉で私が一番好きだったのが
「自分がいいと思ったことを精一杯やりなさい」
である。
彼はこの言葉の後にこう続けた。
「他人のいいと思うことでは無く、自分がいいと思うことに時間を使いなさい。あなたの人生なんだから」
テメェの人生なんだからテメェの意思で生きろと。
当時の私は、やりたいことも楽しいことも見つけられず、時間を消化するように過ごしていた。多くの学生から同じような話を聞くが、私も多分に漏れずそういう学生だった。
しかし、恩師の授業を聞き、商売とはいかに楽しいものか。学ぶことがいかに面白いことなのかを突き付けられた。
例えようのない高揚感があったのをいまでも覚えている。
あの当時、恩師の言葉にはとても強い言霊が宿っていた。
そして、その言霊は授業を受ける多くの生徒を刺激し、奮起させ、学ぶこと、楽しむことに前向きにさせていた。
私のいた学部はスポーツ系の学部であり、過半数が勉強が嫌いでスポーツが好きだから来た、という脳筋集団である。
その集団が、楽しみながら前のめりに勉強している様は、当事者でありながら違和感を感じた記憶がある。
最終的に、クラスの大半が真剣に彼の言葉に耳と心を傾けていた。
君の信念はなんだ。大事にしている想いはなんだ。
学校生活を終え(私は中退だが)、社会に出てから恩師から学んだ知恵や知識は大いに役立った。
ぶっちゃけ、今の私の考え方のベースはあの時作られた。
そして、楽しみながら仕事をすると色んなことを吸収でき、結果もついてきた。
数年後、なんとなく社会人として自分の足で歩きはじめられたかな?と思った頃に、恩師に会いに母校へ行ってみた。
久々に会ったにも関わらず、「おー、元気ー?」的な友達に会ったような超軽いノリの反応が返ってきて安心したのを覚えている。
そして一緒に飯を食いながら、色んな話をした。
当時、少し天狗になりかけていた私は、浅はかで薄い持論を恩師にこれでもかというくらい披露していた。今となっては恥ずかしいを通り越して笑える。
その話を否定することなく受け止め、そしてこんなことを言ってくれた。
「人間、自分の信念を持つことが大事だ。君の信念はなんだ。大事にしている想いはなんだ。」
その頃の私は、今まで読まなかった本を読み、仕事でもわずかながら結果を出していたことで、すごい人にでもなった気がしていた。
でも、恩師の言葉を聞き、自分の言葉を振り返ってみると、それは他人の言葉をそのままスピーカーのように発信しているだけだった。(今も似たようなもんだが、、、)
それに気づき、少し自分を恥じると同時に、信念を持った行動や言動をしようと思った。
出会いは一期一会
そして2017年1月。恩師は44歳という若さでこの世を去った。ガンだった。
私がお見舞いに行ったとき、恐らくしんどかったはずだし、正直動くのも億劫だったと思う。
しかし彼は笑って我々を出迎え、わざわざ談話室に移動し、一緒に会話を楽しんでくれた。
話している最中も、Facebookの投稿でも、頻繁に「明るく、しなやかに」と言っていた。
元気なころから常日頃「スタイリッシュに」と言いながら、泥臭いことを明るく当たり前のようにやる姿は、まさに「明るく、しなやかに」だった。
彼にとっては、闘病すらも彼の生き様を証明する過程だった。
そして、「楽しそうにやってるようでよかった。教え子が楽しく活躍してるのが一番嬉しい」と言ってくれた。
これが、彼との最後の会話だった。
出会いとは一期一会なんだと思った。今という瞬間はもう二度と無いのだと。一度会えたからといって、必ずまた会えるわけではないのだと。
私の中でひとつの信念ができた。
「人との出会い・ご縁は一期一会。その瞬間を大切にしよう」
それから、出会う人達とはできる限り丁寧に時間を過ごすように意識してきた。ご縁に感謝しながら。
恩師のFacebookアカウントは家族の計らいで現在も残っており、いまだに友人や知人からメンションがついて投稿があがっている。生前の彼との思い出もあれば、彼に言われた言葉や教えてもらったこと、様々なことが様々な人から。
こんなに人に愛されていたのかと驚いたが、私もその一人だと思うと納得した。
そして、こんな人になりたいと、心の底から素直に思った。
その行動に、信念はあるか
最近になって、当時恩師がいっていたことがとてもよくわかるようになってきた。
仕事の面も、精神面も、まだまだ遠く及ばないが、言ってることが理解できるくらいにはなってきた。
だからなのか、色んなことを任せてもらえるようになり、色んなことにチャレンジできるようになってきた。
その中で、私は世の中へ新しい価値を生み出せる新規事業に魅せられ、人とのご縁を最重要事項として捉え、多少なりとも自分の信念と意思を持てるようになってきた。
私にとってはとても大きな進歩。そしてとても大事なことなのだ。
こんな私でも必要だと言ってくれる人が増えてきたのも嬉しい。
そして、自分がいいと思ったことを精一杯やれているだろうか。
ひとつひとつの行動に、信念はあるだろうか。
周りに生かされ、周りに育てられている身ではあるが、自分の信念と意思を大事にこれからもみんなにお返ししていければと思う。
私にとって、恩師から受け取った言葉と信念。そして人とのご縁の尊さ。
これが私にとっての大切なもの。
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