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再生


 わたくしは、和菓子充実したる某地方都市の生まれである。
 もう十年近く前、実家の片付けに戻った折、振り子時計を見つけた。奥の和室の柱にかけてあったもの。三時なら三回、十二時なら十二回、また半刻ごとに一回、ボーン、と響く。椅子に登ってねじを巻く父の姿をぼんやりと覚えている。
 いつの間にやら電池式の掛け時計にとって変わられ、何十年か納戸の奥に眠っていたのであった。持ち帰ったものの、戸棚に仕舞い込んでそのまま。
 今の住まいに引っ越してから、思い出したようにねじを巻いた。
 ボーン。
 何事もなかったかのように振り子は時を刻みはじめた。
 父がここへ越してきたとき、見て何か言ったであろうか。思い出せない。

 昨年の夏に突然父が逝ってしまいばたばたとして、ようやっと落ち着いて周りを見渡してみると。
 わたくしはねじを巻くのも忘れていたらしかった。
 すまんね、世話もせんと。
 ぎり、ぎりり、久しぶりに巻き上げる。
 けれども、振り子はもう動かなかった。

 歌があったよね。
 おじいさんが生まれた朝に買ってきた時計ではないけれど。きっと両親が結婚した頃ではなかろうかと思うけれど。百年ではないね、でも六十年は経っていよう。

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 AICH TOKEI DENKI K.K. NAGOYA
 1993年に時計事業は終了している。現在は、ガスや水道のメーターを製造しているらしい。

 市内の時計修理店へ持ち込んでから四ヶ月が過ぎ。
 職人さんて格好いいですね。
 ボーンボーン。
 Reborn.

 時計を抱えてバスに乗り、玄関から廊下、仏壇の見える部屋へ戻ったその刹那。
 まだねじを巻いておらぬ。
 ボーン、ボーン。
 ただいま、おかえり。

 命とは、そういうものなのだろうとわたくしは思っている。


お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。