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金魚のかみさま #シロクマ文芸部


 咳をしても金魚。
 ある朝、あたしは。

 お祖母ちゃんが口癖のように言ってた、そんなことするとバチがあたるよって。トイレの神様が怒るよ。鉛筆の神様が泣いてるよ。
 何にでもかみさまがいるの?
 そうだよ、ありとあらゆるものに、たましいが宿っていて、神様がちゃあんと見ておいでなんだよ。
 ふうん。そのあたりのものを手当たり次第に眺めてみても、どうもピンとこなかった。森のかみさま、とか、お賽銭箱のかみさま、だとわかるような気がしたのだけれど。
 そのうちお祖母ちゃんがいなくなると、誰もそんなことを言わなくなった。反抗期に差し掛かって、なんでもかみさま、が鬱陶しくなっていたあたしは、これ幸いと好き放題やらかした。

 期末テストの成績がふるわなくて、お父さんは無言になるし、お母さんはネチネチ小言を言うし、ああ、めっちゃむしゃくしゃする。
 お風呂上がりにドライヤーを使って、ぽん、と適当にそのへんに置いたつもりが床に落ちた。随分と派手な音がして、さらにイラッとする。あ、やっちゃった。ドライヤーもろとも、お母さんが洗面所に飾っていた置物まで落としてしまったみたい。小さなガラスの鉢とギョロ目の金魚、どちらも割れて散らばっていた。
 もう、だから、邪魔だから置かないでって頼んだのに。あたしの頭は最高に沸騰して、片付けもせずにそのまま、どしどし足音を立てて階段を上がり、バーンとドアを閉めて、ボーンとベッドに飛び乗って、両足をバタバタさせてひとしきり暴れてから寝た。

 息苦しくて目が覚める。
 水、水、水が欲しい。
 ベッドから這い出したけれど寝ぼけているのかうまく歩けない。転がるようにして階段を降りた、というか下まで落ちた。
 水があって心の底からほっとする。ひと息ついて、あたりを見回して、言葉を失う。
 何してるの、あたし。
 どうして浴槽に飛び込んだりしたのかしら。
 鏡の方を向くと

 金魚。

 そんなことするとバチがあたるって言ったろ。神様はちゃあんと見ておいでなんだよ。
 嘘、うそ、あたしがポカンと口を開けると鏡に映った金魚が口をパクパクさせる。両手で顔を撫でてみようとして、でも、手なんて、そんなものどこにもなくて、このへんちくりんなヒレ以外のものは。
 あっけにとられて鏡を凝視していると咳き込みそうになる。苦しい。ざぶん、と潜る、とても楽になる。
 もう一度水面から頭を出して鏡を見る。

 金魚。

 あたしが悪かったです、乱暴にして壊して、そのままにしてごめん、ごめん、だから、許して、ねえ、助けて、お祖母ちゃん、ごめんなさい、助けて、お母さん、お父さん、お願い、助けて、

 どうしても声にならず、苦しくて咳をしているはずなのに、あたしは金魚だった。

<了>

 

 
 

お気持ちありがとうございます。お犬に無添加のオヤツを買ってやります。